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三年坂の上の雲《鉄鐔の美 partⅡ ~肉彫鐔 驚異の鉄彫刻~ レビュー》

2010 年 12 月 28 日 2,522 views No Comment

清水寺を目指すベタな観光コースとして筆者が挙げ得るものは、三通り程ある。一つ目は、南から東大路を北上し、琵琶湖へと続く五条通りに至ったところで東大路と枝分かれする五条坂を登り参道へと入るコース。このコースは京都駅方面から出発し、蓮華王院や智積院、妙法院や京都国立博物館などを経由する場合が多い。京都駅が平安京の玄関口である東寺の近くにあることを思えば、いささか大袈裟な言い方ではあるが、一つ目のコースは上洛してきた人々の道である。二つ目は、北から八坂神社や高台寺を経由し、八坂の塔に至ったところで三年坂を登って参道へと入るコース。三つ目は京都の中心、四条河原町から建仁寺、六波羅蜜寺を経由して西から清水寺を目指すコースである。この場合も六波羅蜜寺から八坂の塔を目指し、三年坂から参道へ入ることになる。一つ目とは反対に二つ目、三つ目のコースは、洛中に住む人々の道である。道幅や駐車場などの関係で、車で来る人々は否応なしに一つ目のコースを使わざるを得ない。そのため、清水寺の参道では、西洋人、アジア人、日本人の観光客が入り乱れているものの、三年坂を利用する外国人は案外少ない。清水三年坂美術館はそんな三年坂にひっそりとたたずむある美術館である。

三年坂美術館の展示室の入口やホームページには美術館設立の経緯やコレクションについての説明がある。コレクションの中心は幕末・明治の美術品、特に蒔絵や金工、七宝や焼き物といった美術工芸品である。一階は常設展の展示室で、ちょうど一年間ですべての展示品が入れ替るようになっているとのことである。当然ながらフランスのパリにはガイドブックに載らなくても、質の高い作品を個性豊かに展示しているプライベートの美術館・博物館が数多く存在しており、館内に足を踏み入れる度に国や街の懐の深さを感じさせられる。三年坂美術館に入って常設展示を見たときの感覚はまさにその時と同じ感覚である。正直なところ筆者は、絵画や彫刻に比べると工芸品に対する思い入れはあまり強くなく、どちらかといえば新しいモノよりも古いモノを好む、面白くも何ともないごく普通の体質である。そして三年坂美術館の常設展示の作品は、館長の言葉にある通り日本ではあまり評価の高くない幕末・明治期の美術工芸品である。しかし、一つ、二つと作品を見ていくうちに、幕末・明治の美術工芸品の質の高さに驚かされ、いつか展示されているような工芸品を自分の手に取ってみたい、そんな思いを抱くようになってしまった。自分でも本当に不思議である。

現在展示中の作品の中では、並河靖之の七宝焼《花鳥図蓋付飾器》や《蝶図瓢刑花瓶》、京薩摩の司山という窯の《唐子図茶碗》が印象的である。七宝焼の二作品には、現在の私達では創出することのできないと思われる独特の色彩感覚があり、和の伝統と西洋の文化が入り混じった明治という時代の雰囲気が非常によく表れているのではないかと思われる。個々のモチーフ、特に《蝶図瓢刑花瓶》の蝶は幾何学的な羽根の模様を何色にも塗り分ける形で複雑に表現されており、茶色や茶色方向に寄った黄色や緑といった地味目な色使いが多く見られるが、古臭い印象は全く無い。今日のホテルのロビーや、床の間脇の違い棚に置いてあっても映えるのではないかと思われる程に完成された美しさである。一方の《唐子図茶碗》の内側は、底から上部に向かってナルトのような渦巻きの線が金で表現されており、金の線と線との間には様々な模様が表現されている。また外側は、横方向に金の平行線を三本入れて四つの区画に分け、上からの二段目の一番幅の広い区画に、様々な服装で様々な動きをする唐子を表現し、残りの区画には内側と同様に様々な模様を表現している。《唐子図茶碗》は、金を多用したにぎやかな色使い、内側の渦巻き、外側の唐子達の表現が相まって、観る者を愉快な気持ちにさせる作品である。工芸品だからこそ、このように観者を愉快な気持ちにさせることができるのかもしれない。作者の意思や観る側の感情が反映されやすい絵画や彫刻では、ここまで享楽的に作品を鑑賞することはできまい。工芸品を鑑賞する時の楽しみは、買い物をする時の楽しみに似ていると筆者は思う。

2階では企画展『鉄鐔の美 partⅡ~肉彫鐔 驚異の鉄彫刻~』が行われており、江戸中期から後期にかけての鐔が約百点程展示されている。そのうち時代が明示されているのは二十五点だけで、解説も皆無に等しい。しかし、そこに筆者は三年坂美術館の理念のようなものを感じる。現在展示されている鐔は、一階の展示室に飾られた作品や過去の企画展において展示された鐔に比してお世辞にも質の高い作品とは言えない。また百点程の鐔に、体系的な関係性を見出して三年坂美術館ならではのストーリーを賦与しようとする美術館側の意思表示も見られない。ではあるが、主題ごとにまとめて展示されているので、個々の作品が持つ個性を楽しむことができるし、作品を観ていくうちに何となく江戸中期頃まで遡りそうな作品、幕末近くまで下りそうな作品という、自分の中での整理がついてくる。そして何点か気に入った作品が出てくるのである。派手な広告に乗せられて、盲目的に有名な作品を追いかけているだけでは、企画展『鉄鐔の美 partⅡ~肉彫鐔 驚異の鉄彫刻~』を楽しむことは難しいかもしれない。ひょっとすると、今回の企画展は、自らの審美眼で作品を収集し、工芸品の未来を担う後継の輩出に寄与することを志して美術館を設立した館長から私達に対する挑戦状かもしれない。

三年坂美術館の特徴として最後に述べておかなければならないことがある。それは、素材や道具、制作過程に関する説明が丁寧に為されていることである。一階の展示室には、蒔絵に用いる素材・道具、また蒔絵の技法、各技法の制作過程についての実物を用いた説明がある。二階の企画展においても、鐔の制作過程が実物とパネルによって説明されている。また蒔絵、七宝焼、金工の技法については、館内のテレビで流れているムービーで知ることができる。さらに驚くことに、このムービーはホームページでも見ることができるのである。なかなか一般の人々は興味を持たない素材や道具や技法といった部分に手を掛ける姿勢は、工芸品の未来を担う後継の輩出に寄与するという三年坂美術館の志の高さを裏付けている。

司馬遼太郎の小説の題名「坂の上の雲」という言葉を耳にすると、筆者の頭には、三年坂の先に真っ青な空があり、そこに真っ白な雲が浮かんでいる情景が表れてくる。外国人でごったがえしている清水寺の参道を歩いていると、この国の未来は本当に大丈夫なのかと不安を覚えるが、三年坂を歩く人々の多くが、観光であれ無意識であれ、先人が守ってきたものを自分の目で、体で感じようとしている日本人であるのを見ると、苦しくても自分を見失わずに頑張っていれば、きっと良いことがある、そんな思いが湧いてくる。日々悔しい思いをしている人、大きな夢を持っている人、日々の暮らしを愛しく思う人、理由はともあれ一度三年坂美術館に行ってみてはいかがだろうか。

text:吉田卓爾

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