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絵画と写真・ 光に迫る《光 松本陽子/野口里佳展 レビュー》

2009 年 9 月 28 日 4,462 views No Comment

 空はなぜ青いのか?この疑問にやさしく答えるのは難しい。遠い星の光がかなり昔、場合によっては数千年あるいは数万年前の光だということも頭ではわかっていても結構なぞめいている。光は私たちの周りに満ちており、光の無い世界は考えられない。しかし光のもたらす諸相を知り尽くしている人はほとんどいないだろう。

 そんな光をテーマにして、二人のアーティストが東京の国立新美術館で作品展を開いている。画家の松本陽子と写真家の野口里佳による絵と写真の展覧会である。光は物を見るときに使う手段であり、光を抜きにして芸術を語ることはできない。今回はその光そのものをテーマにした展覧会であり、二人の作者のなみなみならぬ創造力を感じさせる。

 1936年生まれの松本陽子は、巨大なキャンバスにピンクの絵の具を流したような抽象画で知られている。今回も主に1980年代、90年代に描かれたおよそ22点のピンクの抽象画が展示されているが、いずれもその大きさからくる創作のエネルギーを強く感じる。松本は1967年からの1年間アメリカに滞在し、その時アクリル絵の具に出会い、それまでの抽象絵画の方向性を大きく変えたかったという。線がない色彩だけで絵を描いてみたいという思いを抱いていた松本にとってアメリカで出会ったアクリル絵の具と木綿の生のキャンバスの存在を知ったことはそれまでの思いを結実させるのに充分だった。巨大な画面を占める様々な色調のピンクの絵の具。それらが交じり合い、一種かげろうのような独特のタッチの絵画はおそらく他では見られない独自のものである。制作の都合上キャンバスを壁に立てかけるのではなく床に置き、一日で完成させなければならないという制約の中で一気に描きあげられる絵画から私たちが感じるのは、そこに何かがあるというのではなく、3メートル近いキャンバスから立ち上る一種の空気感といったらよいのだろうか、圧倒的な空間を支配する雰囲気のようなものである。松本の描いた巨大なキャンバスの前に立つと、不思議なことにそこに描かれているピンクの色彩の奥に何かがすけて見えるような気がするのは私だけではないだろう。それは荒野の大地であったり滝であったり、場合によってはピンクの霞を通してみた人の顔であったりする。松本が表現しようとしていたものは何だったのか。それは物と私たちの間をつなぐ光を通して浮かび上がってくる空間そのものではなかったかという思いにいたるのである。


 一方の野口里佳の写真もまた松本の絵画とは別の光を通して空間という存在を私たちに感じさせる。例えば遠くアフリカを旅した印象をまとめた「砂漠で」に写されているのはラクダや人物であるが、むしろ私たちが感じるのは影すらも消えうせたあの乾燥し強い光が充満している空間なのである。空を大胆に切り取り、これまで私たちが経験したことの無い感覚を甦らせる連作「フジヤマ」。ここに写し取られているのは登るにしたがって薄くなっていくという空気の存在感・・・、そんな不思議な感覚である。

中でも特に光のなぞを強調するのが今回の展覧会のために野口が制作したという「飛ぶ夢を見た」という連作である。野口は自ら作った手製のロケットを空に飛ばして一枚の写真を撮影した。その続編が6枚の連作「飛ぶ夢を見た2」である。それはあたかも銀河系宇宙の中を自ら飛行し、宇宙船の窓から外を眺めた星の集まり、星団のようにも見える作品だ。どのようにして撮影されたのかよくわからないが、展示された作品の中で最も見る人の想像力を刺激することは間違いないだろう。そこからは宇宙という今も私たち人類にとってなぞの空間そのものを表現したいという思いが伝わってくる。「光速に近いスピードで宇宙を進むと星のまわりに虹が見えるという。その虹を見たかった」(図録より)という野口の想いが語る意味は、まさに自らその広大な宇宙に入っていくことで見えてくる世界すなわち空間を表現したかったということではないだろうか。


 松本と野口という世代も表現手段もまったく異なる二人のアーティスト。彼らが描こうとしたものあるいは写しとろうとしたものは、物体とあるいは対象物と見るものとの間にある空間ではなかったかという思いにいたる。そこは太陽からふりそそぐ光、あるいは星が放つ光、すなわち青、赤、緑に分解されるあの光の充満した世界なのである。
空間を支配する何かをキャンバスや印画紙の上に表現しようとする作業、それは単なる表現という手段を越えた膨大なエネルギーをともなう創造活動の結果なのに違いない。松本は「どこかで見たような絵画は描きたくない」(図録より)という強い思いを抱いていたというが、まさにこれこそが芸術の原点、創造活動そのものと言えるのかもしれない。

text:小平信行

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鳥を見る―野口里佳作品集

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