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モダニズム―ある時代の精神―《印象派とモダンアート レビュー》

2010 年 8 月 30 日 3,108 views No Comment

モダンという言葉を定義するのは意外に難しい。直訳すれば「現代の」「近代の」という意味だが、それは絵画や建築といった芸術の分野だけではなく、例えば「modern weapon(近代兵器)」と言った具合に、様々な分野に適応することができるし、さらに言えば、モダンと言う言葉は、時代や文脈によってプリズムガラスのようにその意味合を変えてしまうからだ。モネの絵画がモダニズムとして解釈されたと思えば、クレーの抽象画がモダンアートとして扱われると言った矛盾をぼくたちは日常のうちで何度も経験しているだろう。ぼくの手元にある書籍では、紀元前の土器にすらその形容詞は使われている。さらには「ポスト・モダン(ポスト・現代)」と言う一見不可解な用語まで存在する始末だから性質が悪い。

それでは、ぼくたちは「モダン」という単語をどのように解釈すればよいのだろう?


歴史をたどれば、モダンと言う言葉の原型が生まれたのは、五世紀後半と意外にも古い。けれども一般的には、ぼくたちがモダンという言葉を使うとき、その語源はボードレールの言う「現代性モデルニテ」にあるとされている。ボードレールは「現代性とはしたがって、現在を、過去も未来もない、たんなる現在としてとらえる意識である」と定義づけ、さらにその現代性の中に芸術の価値を見出した。ボードレールの思想に共鳴するかのようにして、1885年にはマネが反アカデミズム色の強い《草上の昼食》をサロンに出品し、その後印象派を経て徐々に芸術の価値基準の中に、この「現代性」「新しさ」といった概念が浸透し始める。これがモダンアートという言葉を使うとき、ぼくたちが主にマネ以降の作品について言うことの理由の一つでもある。

この「現代性」についてボードレールはこう説明する。「現代性とは、一時的なもの、うつろいやすい、偶然的なものであり、これが芸術の半分をなす。そして後の半分が、永遠のもの、不変のものである」。彼が言うように、現代性という概念はうつろいやすいものであり、決して一つの場所には留まってはくれない。ある時代において現代的であったものが、その10年後には現代的ではなくなっているのは当然のことだからだ。それだから、ぼくたちはモダンという言葉を使うとき、意識的にせよ、無意識的にせよ、それを一時の時代の思考や社会状況と結びつけている。つまりモダンとは言うならば、ある時代の精神のことを指しているのである。

さて本展は、印象派から20世紀後半に至るまでの種々のモダンアートを紹介する展覧会である。以上のようにモダンという言葉の語源をたどれば、19世紀から20世紀後半に至る作品を寄せ集めて、それらをモダンアートと総称することも、それほど抵抗なく理解できるだろう。つまり作品一つ一つの中には、時代の精神が封じ込められており、そこにこそ「現代性」が存在するのである。言うまでも無く、芸術作品とは歴史的な存在なのだ。

例えば今回の展覧会の主役の一人でもあるモネの絵画を見てみると、そのことは理解しやすいかもしれない。当時の美術界において、アカデミーの存在は非常に大きなものだった。というのも19世紀の後半まで、画家たちが作品を世間に発表する場所は、アカデミーが主催するサロンに限られていたからだ。アカデミーの基準は厳格なものだった。そこでは新古典主義の作品が基準となり、神話画と宗教画を高貴なジャンル、目に見える世界をうつす風景画や風俗を低いジャンルとする明確なヒエラルキーが存在していた。その基準からすれば、モネの描いた風景画が受け入れられなかったことは容易に想像がつくだろう。さらには、印象派が求めた「効果」や「印象」という概念は、アカデミーが完成作品に求める基準と対立するものだった。このように印象派の新たな試みには、常にどこかアカデミズムに対する反抗的な精神が潜んでいる。しかしこの対立があるが故に、ぼくたちはモネの作品に現代性を見ることができるのである。モネが現代性という概念をどれほど意識していたかは分からない。けれど少なくともモネは、野外に出かけ、自然の一刻一刻と移り行く景色をキャンバスに切り取ることに、新たな可能性を見出していたに違いない。そしてその可能性ゆえに、後の時代の画家たちはアカデミーの基準を離れ、独自の画風を形成していく。画家たちは過去にある一定の価値基準に沿った作品を制作するのではなく、うつろいゆく時代の新しさを積極的に作品の中に組み入れようとしたのだ。

美術史の流れをひもといてみても、印象派以降の絵画の多様さには目を見張るものがある。芸術史上でも過去に類のないほど、様々な主義や流派が登場するのもまさにこの時代のことだ。印象派を初めとして、象徴主義、表現主義、フォービズム、キュビズム、構成主義――、これらの言葉は、おそらく美術史に関心のない人でも、一度は耳にしたことがあるくらい有名なものだろう。さらに言えば、全くの同じ時代に、全く異なる流派や絵画が多く存在していたのもこの時代の特徴である。それはすなわち、一つの時代においても、画家たちが様々なもののうちに時代の新しさを見ていたことの証に他ならない。

実際に本展に出品されているものの中から、同時代の作品を比較してみよう。一つは抽象画の創始者でもあるヴァシリィ・カンディンスキーの作品《一つの斑点(褐色上の赤)》、もう一つはフランスの画家ピエール・ボナールの作品《化粧》、どちらも同じ1925年の作品である。まずカンディンスキーの作品では、表題通り黒褐色上の画面の右上に、いびつな形をした赤い斑点が大きく描かれており、中央下には幾何学的な模様が赤色で記されている。一方のボナールの作品では、鑑賞者に対して少し顔を背けた裸婦が、沈みこむような、それでいて鮮烈な色彩で描かれている。裸婦の表情は影に隠れ、覗き見ることはできない。両者を比較してまず気づくことは、前者は抽象の領域に足を踏み入れており、後者は具象に留まっているということである。このことから、カンディンスキーを先進的な画家と見なし、ボナールを幾分保守的な画家であったと見ることは簡単だが、今はむしろ、両者の絵画に秘められた精神の違いを考えてみたい(図録でも指摘されているように、具象から抽象絵画へ、という絵画の進歩史観はある面では的を射ているが、それは作られた神話でもある)。

カンディンスキーの抽象画は、対象を放棄することから始まる。対象を写しとる中に表現を求めるのではなく、むしろ目に見えない精神的な画家の内面を彼はキャンバスの上に描こうとする。内面にある精神的なものを直接的に捉えるためには、外的な対象に寄りかからない方が、都合がよかったのだ。絵画の大きな赤い斑点は不安の表現かもしれない。一方中央下に描かれた幾何学的な模様は、均衡のとれた安定した精神を思わせる。ここで彼が描こうとしたものは、不安と安定が同時に存在する漠然とした精神状況だったのだろうか。対するボナールは、描くべきものを対象のうちに求めている。けれどもそこに描かれた裸婦は、カンディンスキーとはまた違った意味で表現主義的な傾向をあわせ持っているように見える。色彩は非現実的であるし、表情の見えない裸婦の姿はどこか彫刻を思わせるものがある。ずれ落ちた衣服は肉体と同化し、その境目を見極めることは出来ない。滲んで浮かぶ背景の赤色は画家の精神的表現かもしれない。こうして見ると、カンディンスキーは無対象の世界に精神的世界を描こうとしたのに対し、ボナールは対象の内に、自身の精神世界を注ぎ込もうとしたように思えてくる。向かう先は違うものの、両者の眼差しは過去よりも、現在を積極的に捉えようとしているのである。

もっともこれは、ぼく自身の一解釈に過ぎないし、絵画の解釈や見方というものは、鑑賞者の数だけあるものなのだろう。作者の手を離れた以上、その作品をどのように見るかは、全くぼくたちに委ねられているものなのだから。

本展には、幅広い意味でのモダンアートが集められている。印象派を初めとして、ポスト印象派、彫刻、抽象画、それに現在でも活躍している作家の作品も展示されている。自由に配置できるという側面から、花束をモチーフとした絵画に抽象画的な側面を認め、そこに焦点を当てているのも、この展覧会の特徴だろう(この視点は面白い!)。

それらの作品のどこに現在性を見るのかは、ぼくたちの手にかかっている。それにもしかすると、そこに秘められた現在性は、作品に固着したものではなく、時代の移り変わりとともに変わっていくものかもしれないのだ。例えばモネがいるためにターナーの絵画が印象派の先駆けとされ、またカンディンスキーがいるためにモネの後期絵画に抽象画の予感が見られるというように。過去とは単なる停止した存在ではなく、一刻一刻と現代の手によって修正されていくものである。歴史の帳簿は一瞬たりとも閉じることはなく、つねに現在によって書き改められるのだ。モネの絵画を見るとき、ぼくたちは19世紀の人々とはまた違った目でそれを見ている。そしてそこに、ぼくたちは19世紀の人々とはまた違ったものを発見するだろう。あるいはその意味で、芸術作品とは常に、文字通りモダンな存在であり続けるのかもしれない。

参考文献:展覧会図録、ビフォア・セオリー ―現代思想の<争点>

text:浅井佑太

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