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田中恒子さんインタビューVol.1《もっと知りたい!展覧会》

2010 年 7 月 28 日 8,203 views No Comment

ここ数年、日本国内でも東京を初めとする各地で現代美術のアートフェアが開催され、また若者向けの雑誌で現代美術を扱うギャラリーについての特集が組まれるなど、「アートを観る」だけでなく、「アートを買う」ということが注目を集め始めている。
住居学の専門家として大学で教鞭をとる傍ら、20年にわたって約1000点におよぶ現代美術の作品を収集してきた田中恒子さんは、尽きることのない情熱とパワーで日々、関西を中心とするギャラリーや美術館を巡り歩き、その飾らない人柄と人懐っこさで、多くのアーティストや美術関係者から親しまれている。昨年、和歌山県立近代美術館で自らのコレクションを一堂に展示(※1) 、その後同館へ寄贈された田中さんにお話を伺った。

コレクターになるまで



現在は、現代美術のコレクターとして広く認識されている田中さんですが、幼少期や中学、高校の頃から美術との関わりはあったのですか。

田中恒子さん

田中恒子さん

小学4年生のとき、近所に子供を対象とした絵画教室があり、友達に誘われて通い始めました。そこの先生がすごく良い先生で、「描くこと」がどんどん楽しくなり、自分の絵が教科書の表紙になったことなんかもありました。
中学生になったときに引っ越して、その絵画教室には通えなくなったのですが、時々自分の描いた絵を郵送して、先生に批評してもらっていました。ある時送ったクロッキーについて、先生から「とても上手くなっている。こんなに上手すぎてはダメ。上手く描こうとしてはいけない。」というようなお返事が来て、中学生だからその意味がよくわからないし、自分では「上手く描けた」と思って送ったのに、なんだかショックで、それ以来先生のところに絵を送らなくなってしまいました。それでも、やっぱり絵を描くのは好きだったので、高校でも美術部に入って、油絵を描いていましたね。


もともと、絵を描くことがお好きだったのですね。その頃から美術作品を鑑賞する機会もありましたか?

高校生のときに、母と京都市美術館にピカソ展を観に行ったことがあって、そのとき、「ピカソってすごい絵描きだな」ということはすぐにわかりました。巨匠って言われているからすごいんじゃなくて、私のハートが震えたからすごいと思った。《ダルマシアン犬》という題の絵を一目見たときに、もう飛び上がるくらい嬉しくて、その前から動けなかったことを憶えています。それぐらいの感受性を、高校生のときにすでに持っていたのは、やっぱり小学校のときの絵画教室の先生の影響だと思います。先生が「私が絵を教えているのは、君たちに絵描きになってもらいたいからじゃなくて、美しいとはどういうことかがわかる人になってほしいからです。」と言われたのを今でも覚えていて、それほど、その先生の感化が大きかった。


でも、その後、美術大学には進まれなかったのですね。なぜ現在専門とされている住居学の道へ?

高3になったとき、美術大学に進みたいと母親に言ったら、「そんなヤクザな稼業に就くんだったら、大学には行かせません。」と言われ、認めてもらえなくて。それなら、親を騙して絵を描ける所に行こうと、いろいろと調べたら、家から歩いていける距離に大阪市立大学があり、そこの住居学科なら科目の中に絵を描く授業もある。「これだ!」と思って入ってみると、住居学の授業自体がものすごくおもしろくて、絵を描きたかったことも忘れて、ひたすら設計の勉強をしました。学部卒業後、京都大学の建築学科の大学院に研究生として入り、頑張りが認められて文部技官として採用され、9年間研究室に勤めた後、奈良教育大学の家政学部に移って助教授になりました。



コレクターになったきっかけ


初めて美術作品を購入されたのはその頃?

はい、大学の研究室にミロの絵を風呂敷に包んで売りにきた「風呂敷画廊」のおじさんがいて、ミロという画家のことはもちろん知ってたんですが、その作品を一目見て「好きだ!」と感じ、次々と買って、家の壁にかけて喜んでいました。


風呂敷画廊から絵を購入するということは、研究室ではよくあることだったのですか?

いえいえ、他の人は誰も買ってない。今まで絵を買ったこともないのに、絵に100万単位のお金をポンッと出すっていうことは世間的に見れば異常でしょうね(笑)


それなのに買ってしまったきっかけは何だったのですか。

大学に入って以来、住居学がおもしろくて忘れていた「美しいもの」に対する感受性を、その画商のおじさんが持ってきた絵を見たとたんに思い出して、感動したからでしょうね。それともうひとつは、住宅ローンが全部終わってお金があったから。生活はきっちり家計簿をつけて管理しているし、無駄遣いする方じゃないので、ローンを払い終わるとお金が貯まる。それで、何か「いいこと」のためにお金を使いたいと思っていたんです。「絵を買う」ということは私の中では「善きこと」の分類に入っていたので、躊躇しなかったのだと思います。感受性が育っていたということと、お金が貯まっていたということがタイミングよく重なり、「買おう!」となった。


ミロの絵は、当時すでにその価値を認められた美術作品だったと思うのですが、同時代の作家による、いわゆる現代美術という分野については、その後に知られたのですか?

はい。それまでは、現代美術という世界があることも知らなかったんですけど、ミロの絵を10枚くらい買った頃、朝日新聞に載っていた、彦坂尚嘉(※2)さんの東京での展覧会についての記事をたまたま見たんです。当時は週に一回くらいは出張で東京に行っていたので、仕事の合間を縫ってその展覧会を見に行きました。それで、ホワイトキューブの中に彦坂さんのいろんな絵が展示してあるのを見て、その全く新しい表現に衝撃を受けて、これが現代美術というジャンルなんだと知りました。しかも、これを全部買ってもミロの絵一枚くらいの値段だと気づいたときに「こんなにすごい感動をくれるものが、こんなに安い値段で売られているなんて」と愕然として。
「これを買わなければいけない」と瞬間的に気がついたんです。それ以降、日本の現代美術に方向転換しました。ただ、2作目が何だったかがもう思い出せない。というのも、たぶん怒濤のように買ったから(笑)。


なるほど(笑)。でも、それほどまでに田中さんを駆り立てた現代美術の魅力というのは、一体何だったのでしょうか。

お話を伺ったアートコートギャラリーで展示中だった森末由美子さんの《本》とともに

お話を伺ったアートコートギャラリーで
展示中だった森末由美子さんの《本》とともに

–現代美術というのは、それを作る人間と私とが同じ時代の空気を吸っている。「“今”という時代を作家が受け止めた表現がこれなんだ」と作品を見ながらいつも思います。だから、作家の感性が、直接私に響いてくる。たとえば、「印象派はわかるけど、現代美術はわからない」とか言う人よくいますよね。そういうのを聞くたびに「印象派の何がわかるの?」って思うんです。印象派の時代背景とか現代の私たちはほとんど知らないのに。
その時代に生きている人間がその時代に生み出されるものを理解できないはずはないと思うんです。ただ、私の場合は、理解というよりは、ほとんど直感・感性で、響きが向こうから聞こえてくるような感じで作品と向かい合うので、「わかる/わからない」という言い方にも抵抗があって、「わからなくていい、理解できなくていい。ただ、好きか?嫌いか?」というふうに考える。例えば、ブランドのバッグを買うときに、好きだから買うのであって、嫌いと思いながら買う人はいませんよね。ただ、ブランドのバッグはあまりにも大量生産品で、私は恥ずかしいと思う。それに対して、作品は一点もの。作家が精魂込めて作った一点ものと向き合えるというのが、現代美術をコレクションする楽しみでした。



美術作品を購入するということ


「美術作品を買う」ということは、たとえ経済的に余裕があったとしても「すごく特別なこと・裕福な人にしかできない贅沢」というふうに捉えられがちですが、田中さんが当時からそういう感覚をもたず、積極的に現代美術の作品を購入されていたのにはどのような理由があるのでしょうか?

–たぶん、住居学を研究してきたことと関係があると思います。私の専門は住生活論で、実際に他人の家に上がり込んで、その人が「どのように住んでいるか」を調べ、同時に、その人の住居観や住意識を聞き出すという調査をしていたのですが、大多数の人が秩序のない状態で住んでいる。そこで「なぜ秩序をつけて住めないのか?」という疑問に私自身が答えるために、住むことについての自分の哲学を自宅で実践し、田中恒子の家の見学会を開いて「美しく住むとはどういうことか」についてお話していたんです。
私の住生活の基本は、ひとつめは掃除や整理整頓をして「丁寧に住む」、次に美的なセンスを働かせて「美しく住む」、そして、第三段階が「現代美術と共に住む」。現代美術というのは、私たち現代人の感覚にすごく合っている。見て心がざわざわっとときめいた、そういう絵を一枚家に掛けてみることで、心がとても豊かになるんです。


実際に作品を購入するときには、どのようにして決断されていたのですか?

まず、作品に「来るか?」って聞く。すると「行く行く!」って言うんです。作品の方から強く語りかけてくる。コレクターの中には、ギャラリーの人が将来有望だと薦める作家の作品を買ったり、自分から「この作家は将来大物になるか?」というような質問をする人もいますが、私の場合は、自分が一目見て感動したらとりあえず買う。例えば、今村源(※3)さんの作品には今村さんにしか表現できないユーモアや楽しさがありますが、今村さん以外にもおもしろい作品を作っている作家は五万といる。でも、今村さんの作品と私の個性とは、どこか触れ合える、共鳴し合えるところがあって、それが作品を買うという判断をするときには重要になってきます。
それでも一緒に暮らしてみて、見ているうちに気持ちが冷めてしまう作品も稀にありましたが、一目惚れした作品のほとんどについては、見ても見ても見飽きない。最初の感動を持ち続けています。


作品を買うか買わないかは、田中さんと作品の間だけで決まる?

そう。だから私のことをよく知っているギャラリーの人は、私が作品を見ているときには何にも言わない。ギャラリーの人からその作家がいかに有名かについて説明をされればされるほど、作品に向かう心が冷えてしまうんです。そんなに有名な人なら、私が買わなくても他の人が買うでしょうって。私にとってコレクターであることの楽しみのひとつは、「私が価値づけする」ということ。それが楽しい。村上隆 さんのバルーンの一作目(※4)や、奈良美智 さんの初期の木彫《どんまいQちゃん》、名和晃平さんの最初のビーズの作品(※5)も買いましたが、「村上だから、奈良だから、名和だから買った」という言い方は私には当てはまらない。作品そのもので買ってるから。
ただ、和歌山県立近代美術館へ寄贈するにあたっては、以前からいい作品だなと思っていて、まだ手に入っていなかったものを、作家を説得して売ってもらったというケースもあります。というのは、その作家の仕事を高く評価してもらうために、すでに私が持っていたパターンの作品とは異なる系列の作品も併せて美術館に収蔵してもらうことが必要だったから。そういう意味で、美術館に寄贈が決まってからの一年間が、これまでで一番たくさんの作品を買った年かもしれません。


-それは、田中さん自身のためというよりも、作家の今後の活動のためにという、コレクターとしての責任感から?

そうですね。でも、好きじゃないのに責任感だけで買ったというわけじゃありません。これまでずっとその作家の活動と作品を見てきて、その傾向をよく知った上でコレクションに追加しましたし、また、購入する前にちゃんと作品を見て判断しました。

Vol.2へつづく

聞き手:きよさわみちこ
取材協力:アートコートギャラリー



※1.展覧会『自宅から美術館へ – 田中恒子コレクション展』2009年9月8日〜11月8日 和歌山県立近代美術館にて開催 戻る
※2.彦坂尚嘉(ひこさか なおよし、 1946年 東京生まれ)戻る
※3.今村源(いまむら はじめ、1957年 大阪生まれ)戻る
※4.《Mr. DOB》村上隆 1994、塩化ビニール,ヘリウムガス 戻る
※5.《Pixcell – Sheep》名和晃平 2002、ミクストメディア 戻る

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