Home » 展覧会レビュー, 浅井佑太, 関西

かすかな趣という個性《小村雪岱の世界展 レビュー》

2010 年 6 月 28 日 2,274 views No Comment

邦枝完二が小説『おせん』を朝日新聞に連載したのが昭和8年のこと。江戸時代中期に実在した女性で、美人と評判の高かったおせんを主人公としたこの小説は、小村雪岱の挿絵とともに紙面に掲載され、大変な評判を呼び起こした。一説によると掲載紙の部数を2万部も伸ばしたとされるこの作品の人気は、雪岱の挿絵によるところが大きかったという。そして実際に、雪岱はこの小説の挿絵において「雪岱調」と呼ばれる独自のスタイルを確立するとともに、一躍その名を高めたのだった。

「雪岱調」がどのようなものであるかを言葉にするのは難しい。印象派のような説明のしやすい特徴には欠けるし、独特の技法が使われているわけでもない。かといって「白と黒のコントラスト」だとか「シンプルで洗練されたデザイン」という言葉も、画面の表面を刷毛でなでたような実質のない表現に終わってしまう。

ところで雪岱自身は、挿絵のモデルについてこのように述べている。

「(前略)私は個性のない表情のなかにかすかな情感を現したいのです。それも人間が笑つたり泣いたりするのではなく、仏様や人形が泣いたり笑つたりするかすかな趣を浮かび出させたいのです」(『ホーム・ライフ』大阪毎日新聞社 昭和十年九月)

逃げ腰の表現になるかもしれないが、この「かすかな趣」こそが「雪岱調」の魅力であり、最大の特徴と言ってよいのかもしれない。余白の多くとられた画面に、すっとおせんが、不思議な、けれども違和感のない格好で現れるのを見たとき、誰もが一種の懐かしさに似た自然さと、不思議な新鮮さを同時に感じとるに違いないだろう。

彼の人生を簡単に紹介すると、雪岱が産まれたのは明治20年、1887年のことだ。17歳で東京美術学校に入学した彼は、下村観山教室で本格的に日本画を学び始める。転機が訪れたのは在学中の20歳、泉鏡花に出会い、27歳で鏡花の『日本橋』の装幀を依頼され世に出る。以後装幀家として、300冊以上の装幀を手がけることになる。中でも鏡花本の多くは、彼の手に委ねられている。31歳には資生堂にデザイナーとして入社し、商品や広告のデザインを任される。35歳で里見弴の「多情仏心」の連載で初めて挿絵画家としてもデビューし、37歳では十三代目守田勘弥主演の『忠直卿行状記』で初めて舞台装置を手がける。以後53歳で没するまで、多くの仕事を委嘱され続けた。

彼の生涯からも分かるように、挿絵、舞台装置、日本画、商業デザインと、雪岱の活動は非常に多岐にわたっている。展示数こそ少し物足りなく感じるかもしれないが、今回の展覧会では、幅広い雪岱の活動に触れることができるだろう。委嘱中心のその活動のためか、雪岱の名は残念なことに、今の時代にはあまり知られているとは言い難いところがある。恥ずかしながら告白するが、実はぼくも雪岱の名前は鏡花本の装幀家として、ぼんやりと記憶の片隅に留めていた程度で、その膨大な活動についてはまったく知らなかった。

「由来舞台の成功した装置といふのは、装置が舞台に隠れて了ふのが最上のものかとおもひます」(『時事新報』時事新報社 昭和三年三月)

本人もこう述べているように、雪岱は、舞台や小説の魅力を押さえつけてしまうような自我の出張った絵を描くことは決してなかった。しかしこうして雪岱の活動を俯瞰してみると、彼を単なる職人絵師のひとりとして扱い、軽視してしまうにはあまりに惜しいものがある。ともすれば舞台や小説とともに、省みられることなく消えてしまいがちなその作品の中には、時代を超えても色褪せない魅力が、確かにつまっているのだ。

ところで、ある程度雪岱の作品を見渡してみればすぐに気がつくことだが、彼は女性をモチーフにした絵を多く手がけている。もともとは日本画が出発点だった彼にとって、美人画は切っても切り離せない関係だったのかもしれない。

彼は挿絵のモデルとなる女性には、特にこだわりがあったようで、このように述べている。

「世の中に美人は多いでせう、しかし美人と絵になる美人とはまた違つたものですし、殊に私の場合少々厄介な注文がつきまとひます。
私が好んで描きたいと思ふ女はその女が私の内部にあるもの、何といひますか一口にいへば私の心像です。この心像に似通つたものを持つてゐる女です」(『ホーム・ライフ』大阪毎日新聞社 昭和十年九月)


手元にある資料からは、彼がモデルとした女性が実際にどのような人物であったのかは知る由もない。ただ冒頭で紹介した「おせん」の挿絵については、雪岱本人も大変気に入っていたらしく、連載された挿絵の一部を大きなサイズのものに描きあらため、第一回国画院同人作品展に出品している(その『おせん 庭先』と題された絵は、今回の展覧会でも見ることができる)。

おせんは当代一の美人であったと同時に、数々の男をとりこにした女だった。雪岱の絵を見てみると、彼女は、曲線的で線の細い体とは裏腹に、切れ長の細い眼をした少しきつい顔立ちをしている。それは華奢な女性と言うよりは、どこか魔性の女の匂いさえただようものがある。自身の心像を女性の中に見出したいと雪岱は言うが、一体彼はおせんの中に何を見ていたのであろうか? その温厚で人の良さそうな顔立ちとは違って、案外雪岱は一筋縄ではいかない男なのかもしれない。

text:浅井佑太

「小村雪岱の世界 ~知られざる天才画家の美意識と感性~」の展覧会情報はコチラ


ページTOPへ戻る▲

コメント投稿欄

以下のタグが使えます:
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">