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否定形から生まれるもの《死なないための葬送─荒川修作初期作品展 レビュー》

2010 年 5 月 28 日 3,224 views No Comment

「美術/アート」とはなんであるか?「アート」と呼ばれるものの形態が多様化している現在、この問いに「それはOOである」という簡潔な答えを出すことは、誰にとっても難しい。その一方で「〈アート〉という、まとまったひとつのフィールドが存在する」という認識は、暗黙の了解として共有されてもいる。明確な定義づけはできないのに、その存在が既成概念として保証されているという状態は、ともすれば、その存在の成り立ちや意味が省みられることなく「なんとなくそれっぽい」ものが量産され、「アート」を似た者同士の、閉鎖的で生ぬるい集合体のようにしてしまう危険性も孕んでいる。このような状況に陥らないためにも、「アートとは?」という問いについて改めて考えようとするとき、「既存のアートの枠組みにとらわれることなく活動する/した」と評価される人物の活動を見てみることで、「アート」の輪郭を外側から浮き上がらせることができるかもしれない。

荒川修作(1936-2010)は、60年代よりパートナーであるマドリン・ギンズとともに、「アーティスト」という肩書きではなく、「コーデノロジスト(芸術、哲学、科学の総合に向かい、その実践を推し進める創造家)」として、主に建築や都市計画のプロジェクトを中心とした活動を、ニューヨークを拠点に展開していた。そんな彼の渡米以前に制作・発表された初期作品20点が、現在、国立国際美術館に一堂に会し、『死なないための葬送』というタイトルのもと、そして、渡米後60〜70年代に制作された平面作品が同時開催のコレクション展において展示されている。

薄暗い空間に並ぶ20の木箱。それは展示タイトルとも結びついて、20の棺が厳かに安置された光景として鑑賞者を包み込む。木箱=棺に近づき、中を覗き込むと、クッション状の艶やかな布地が敷かれ、その上に奇妙な物体が横たわっている。セメントと廃品から取り外されたような金属の部材、ガラスなどが混ぜ固められた塊。その表面をうっすらと綿が覆っている。人間の頭部のようにも、あるいは骨盤のようにも見える有機的な形状の塊には、肉体を思わせる襞やしわ、凹凸があり、表面を覆う綿はまるで朽ちた屍に付着した埃やカビのようで、一見、死臭が漂ってきそうな薄気味悪ささえ感じさせる。

厳格な近代芸術への反動として、日用品や廃品を作品の素材として取り込んだり、性や暴力、欲望といった情念的な表現を直接的またはアイロニカルに多用する50年代後半の傾向に影響されたようにも見えるこれらの作品は、しかし、所々に嵌め込まれたガラス玉や鏡面の冷たさ、異素材が渾然一体となった未知の質感、永遠の沈黙を思わせる襞の切れ込みなど、息をのむような美しさを湛えてもいる。そして、よく見ると、一部の塊に刻まれた窪みや突起からは、作家本人が全身でその塊に掴み掛かり、体当たりして残したと思われる手指や四肢の痕跡が見てとれる。怒り、恐怖、焦燥、欲望・・・、沈黙するそれらの塊には、当時の美術界の傾向に同調しきれず、自身の表現の方向性を模索する20代前半の荒川が抱いていたやり場のないエネルギーと、既存の枠組みを解体しようとする異分子が出てくるたびに、それごと自らの枠組みの中に取り込んでしまう制度と化した「アート」そのものと訣別しようとする冷徹な意志とが封印されているかようだ。

さらに、これらの作品が制作されて以後40年余にわたる荒川の活動を踏まえて、今回の展示タイトル「死なないための / 葬送」という、この一見矛盾した奇妙な言葉の結びつきについて考えたとき、荒川が木箱=棺桶の中に葬ろうとしたのは、「アート」にまとわりつくしがらみだけではなかったということがわかってくる。

荒川はギンズとともに、「人間の身体を変容させ、その〈天命〉としての死に抗う=〈天命〉を反転させる新たな身体を獲得する」ことを命題としたプロジェクトを展開していた。その活動の中でもよく知られているのは、岐阜県の《養老天命反転地》や、東京都の《三鷹天命反転住宅》だろう。前者には著者も訪れたことがあるが、広大な敷地の大部分がすり鉢状の窪地になっており、さらにその中に小さな丘陵や窪み、様々な建造物が点在している。地面が水平になっているところはほとんどなく、つねに傾斜や凹凸に注意し、「ここ」から「そこ」へ辿り着くために、両足両手の置き場や動かし方、体の重心の移し方に神経を張り巡らせなければならない。普段さほど使わない筋肉や神経、視覚と三半規管のバランス感覚が総動員され、自分の中に眠っている身体能力、周囲の環境と自分の身体の関係を見極める能力が一時的に目覚めたという実感があった。こうした場と身体の関係性の更新や、身体能力の回復を継続的に経験していけば、次第に私たちの空間・時間認識のあり方や身体そのものが変容していくというのは考えられることであり、それをもう一歩踏み込んだかたちで実践しようとするのが、そういった環境で実際に日々の生活を行う《三鷹天命反転住宅》だろう。

私たちは「人間は皆、最後には死ぬ。」ということを、動かしがたい自然の原理と信じて疑わない。しかし、荒川は今回展示されている最初期の作品を制作していた頃から、私たち人間は、宇宙という広大な時空間のなかの限定された環境、重力や時間の不可逆性に支配された環境の中に生きているがために、自らの「死」を自明の事実としてしかとらえられないのであり、こうした認識と状況から人間を救済するためには従来とは異なる、芸術と科学が融合したような全く新しい見地に立って活動していくことが必要だと考えていたという。

このことから、今回の展示タイトルは、文字通りの意味として理解することができる。「死なないため」に「何か」を葬り送るとしたら、それは究極的には「死」そのものということになる。死なないために「死」を葬る—。それを実践として押し進めていくためには、美術を取り巻く旧弊な制度や偏狭な風潮、そして「アート」というフィールドの中だけで活動する狭義の「アーティスト」としての自らの立場を葬り、コーデノロジストとして、人間の身体とより密接かつ実際的に関わる建築や都市計画、生命科学の分野へと自身の活動を拡張していくことが、荒川にとっての必然だったのだ。
 

コレクション展では、荒川による60〜70年代の《ダイアグラム絵画》、前述のような実践の一環として、人間の空間・対象認識のあり方と言語や記号の関係性を図式化した平面作品と共に、同時代のアーティストたちによる作品が展示されている。そこで紹介されているドイツ人アーティスト、ヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys, 1921-1986)は、本来人間は皆、自身のなかに創造性を備え持っている生き物であり、創造的行為は「アーティスト」と呼ばれる人種の特権ではなく、政治、教育、農業、環境保護など、人間によるあらゆる社会的活動や営為の全てが創造的行為=芸術活動であるべきだとする「拡張された芸術概念」を提唱し、私たち一人一人がその概念に基づき、自身の潜在的創造力を発揮して社会を形成していく、つまり社会そのものを皆で造形する「社会彫刻」を推進しようとした。

今回の展示作品のひとつ、《黒板消し》は、当時アメリカで市販されていた“Noiseless Blackboard Eraser“というフェルト製の黒板消しに、ボイスが行っていた政治活動のためのスタンプを押し、サインしたものだ。ボイスは、活動の一環として世界各地で討論会を開き、社会や芸術のあり方について人々と議論を交わしたが、その際によく黒板とチョークを用いた。黒板消しは、人々との対話によって黒板に示された図式がどんどん更新され、新たな概念が生成する過程を象徴する道具だったとも言える。

別の作品《経済の価値 ミネラルウォーター》と《経済の価値 鎌》は、ギャラリー空間に、東ドイツの国営商店で売られていた様々な日用品を倉庫用の棚に陳列し、壁には「名画」とされる絵画を展示したインスタレーション作品《経済の価値》の一部だ。そこでは当時の東/西の体制における価値観の相違や経済格差が浮き彫りにされ、鑑賞者は、生活必需品と美術作品を価値付けする市場原理の仕組みについて、あるいは自分自身の価値観の基準がどこにあるのかについて思いを巡らせることになる。ギャラリー空間というアートの領域に、日用品という異質なもの=「現実」を持ち込むことによってアートと社会を接近させ、「アート」を観に来た人々の意識を揺さぶることで生じる摩擦や葛藤をきっかけに、その視野を広げ、「アート」についての既成概念が解体・拡張される、そうした可能性を孕んだ作品だ。

また、今回は展示されていないが、ボイスは、熱=エネルギーを貯蔵する媒体としての性質をもつフェルトやバッテリーと、熱によって固体から液体へと変化する性質をもつ脂肪や蜂蜜、蝋を、人間や社会の本来あるべき創造的で柔軟な姿を象徴しているとし、造形作品の素材として頻繁に用いた。

その一方で、ボイスは自らの提唱通り、自由国際大学(FIU)の設立、政党の立ち上げ、選挙への立候補など、教育や政治の分野でも実践的な活動を実施したが、それらは従来の教育や政治のあり方をそのまま踏襲するものではなかった。例えば、FIUは、決まったキャンパスや教授陣、学生を持つものではなく、定期的に討論会や勉強会を行い、社会の仕組みを変革していくための方法について議論し考える機会を皆で共有する、いわば社会そのものを教育するための組織だった。政治活動に関していえば、何か具体的な政策を実現するためというよりも、自身の考えを広めるための宣伝手段として政治の舞台を利用したという見方もあり、それによって広められた自分の社会構想に対し、何らかの具体的なリアクションが政界に生まれることを期待したのかもしれない。

このように、ボイスは、あくまでもアーティストとして造形作品を制作し、その象徴的な伝達機能を通じて、社会の構造やその変革の可能性についての意識を、より直観的に人々の中に目覚めさせようとすると同時に、政治や教育といった実用的な分野に参加しながらも、つねにアーティストとしての独自の視点と方法論によって、従来とは異なる、柔軟で新しい社会的実践を行うことで、慣例や常識に縛られ凝り固まった個人の意識や社会全体を刺激し、その潜在的な創造性を回復させ、流動的=変革可能な状態にしようとした。
 

こうしたやり方は、既成の空間・時間の概念に囚われ、「死」を「自明の事実」として無抵抗に受け入れてきた私たち人間の身体に、通常とは異なる場との関係を経験させることで揺さぶりをかけ、その変容の可能性を探ろうとする荒川の姿勢とも共通している。

人間の「死」という生命科学の命題に真っ向から取り組み、その手段として建築や都市を制作する、「科学者」でも「建築家」でもない荒川と、政治活動や教育における取り組みを精力的に行った、「政治家」でも「教育者」でもなかったボイス。彼らの科学的・建築的・政治的・教育的実践は、ときに極端で非-現実的にも見え、その分野の専門家によるような、即効性や完成度は望めないかもしれない。しかし、そこでは、専門家でないからこそ生まれる斬新な発想が、−個人の価値観におけるその是非はともかくとして−その分野での常識や「自明の事実」によって固定化された枠組みを流動化させ、拡張することで、全く新しい方法論と実践を可能にしている。

彼らの活動を見たうえで最初の問いを繰り返すとき、次のような答えに辿り着くことができる。アートとは、「OOである」という肯定形によって定義されるようなものではなく、むしろ、そうした既存の枠組みにはまりきらない何者か、「OOでない」という否定形どうしの化学反応によって生まれる全く新しい創造行為や創造的な関係にこそ、息づくものなのではないか。そして、人間や社会の中に眠る未知の可能性の起動装置として機能しうるその行為や関係に、私たちが積極的な受け手として参加していくことによって訪れる変革・変容のプロセスこそ、それらの存在を意義あるものにすることができるのだ。

参考文献:『死なないための葬送 − 荒川修作初期作品展』展覧会図録(執筆:立畠哲・平芳幸浩)
      国立国際美術館、 2010年
     『ヨーゼフ・ボイス − よみがえる革命』水戸芸術館現代美術センター、 2010年

<あとがき>
この原稿を書き上げた直後、2010年5月19日に荒川修作氏が逝去された。
いわゆる「美術」の領域を押し広げながら、全く新しい見地から人間とい
う存在の可能性・命の可能性というより普遍的な問題にアプローチし、
「死=天命に抗うための身体の獲得」を生涯の命題としてきた荒川氏は、
自身の「死」によっても、なお、この命題の可能性について、私たちに
問いかけを行っているように思えてならない。

text:きよさわみちこ

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