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陶磁器だって頑張ってます!《高麗時代の水注 レビュー》

2010 年 5 月 28 日 3,253 views No Comment

地下鉄の「淀屋橋駅」から地上に上がり、御堂筋を北に向かって進むと(すなわち駅名になっている淀屋橋を渡ると)右手に大阪市役所がある。市役所と土佐堀川の間の遊歩道を進むと左手に中之島図書館が見えてくる。さらに進んで図書館の裏手に隣接する中央公会堂を過ぎたところにあるのが大阪市立東洋陶磁美術館である。東洋陶磁美術館へは最寄の「なにわ橋駅」ではなく「淀屋橋駅」から行くことをオススメする、というのは野暮な話であろうか。もちろん中之島線が開通したことは非常に喜ばしいことであるし、便利になるのは良いことである。しかし、「淀屋橋駅」から東洋陶磁美術館に向かうことで、中之島という場所の景色や雰囲気、そして地理的ではなく感覚的な意味での東洋陶磁美術館の立ち位置が理解されるのではなかろうか。現在、美術における中之島の顔と言えば国立国際美術館になっているが、中之島図書館や中央公会堂、現在建て替え事業が進められてダイビルやフェスティバルホールとまではいかないまでも、東洋陶磁美術館は30年近くに渡って中之島の風景を見守り続けてきた。中央公会堂と東洋陶磁美術館の間には交通量が少ないためか送電の中止された信号機が存在意義を失ってポツリとたたずみ、東洋陶磁美術館も一見したところでは開館しているのか分からない、入口前の「開館中」という看板の存在によって開館していることが辛うじてわかる、そんな風に日曜日の東洋陶磁美術館周辺は心の安らぐ雰囲気に包まれている。

さて、東洋陶磁美術館では現在『高麗時代の水注(すいちゅう)』と題した企画展が行われている。ちなみに「水注」とは「水差し」のことである。企画展の出品作品27点のうち26点が東洋陶磁美術館の館蔵品であるが、このことに関してはむしろポジティブに捉えなければならない。磁器の中でも特種な水注を、しかも質の高い作品ばかりを集めて展示できる日本の美術館はそれほど多くはなかろう。一室の展示ケースがすべて水注で埋め尽くされている光景は何とも小気味良いものである。

27点の中で敢えて筆者が挙げるとすれば《青磁瓢形水注》、《青磁陽刻筍形水注》、《白磁瓜形水注・承盤》、《青磁象嵌菊花文瓢形水注》の四点を挙げておきたい。展覧会図録の説明によると作品の名称は素材・技法・文様・形態の順に従ったものだそうである。

《青磁瓢形水注》は名称の通り瓢箪形で、絶妙にくびれた整った輪郭と、注ぎ口の長さや曲がり具合、ナスビのヘタを彷彿とさせる蓋、藤のように縒った把手、の表現がよく調和した作品である。美術館のホームページでは韓国国立中央博物館にある本作品と同形の水注に、「金瓶重沙瓶、置酒無重軽(金瓶は沙瓶より重いが、酒を入れれば重いも軽いもない)」という詩銘が入っていることを紹介している。詩銘が、材質よりも形が大事であるということを意味しているのか、それとも器よりも中身が大事ということを意味しているのか、不勉強でよく分からないが、少し哲学的な気分にさせてくれるエピソードである。

《青磁陽刻筍形水注》も名称通り筍の形をした水注である。筍が成長の速さから子孫繁栄を意味しており、胴の膨らみや、上に突き出た蓋の造形に力強さが看取されると解説で述べられている通り、内に溜まったエネルギーが外に向かって今にも膨張を始めそうな生命感のある作品である。それでいて胴部に施された竹の葉の表現や注ぎ口の大きさ、把手の装飾には品があり、解説にあるように子孫繁栄を願って制作されたものでありながらも、全体的に纏まりのある作品に仕上がっている。

順番が前後するが《青磁象嵌菊花文瓢形水注》における各部の表現の調和も見逃せない。瓢箪形の胴部の輪郭、注ぎ口の長さや先端部分の曲がり具合、把手の太さや縒り具合、さらに注ぎ口及び把手の面取り等が、胴部に縦方向で並べられた小ぶりで品の良い象嵌による菊花文の表現と見事に呼応し合って、繊細でありまがら堂々とした外観を演出しているのである。

《白磁瓜形水注・承盤》では、「承盤」に注目して欲しい。「承盤」とは水注の下半分がすっぽり収まる大きさの器のことで、解説によるとここに湯を張って水注を入れ、水注内の酒や茶が冷めないようにしたそうである。今で言うワインクーラーのようなものであるが、800年も前の人達が今と同じ様なことをしていたのかと思うと安心するのは筆者だけであろうか。

作品については以上であるが、本展覧会にはもう一つ面白いところがある。それは高麗時代等の昔の絵画作品に描かれた水注を、複製図版を使って紹介しているところである。一時期筆者は、使ってなんぼの工芸品が展示ケースに閉じ込められていることに、すなわち美術館という場所に置かれていることに疑問を持ったことがあった。しかし、その思いは本展覧会で幾らか和らいだ。古い時代の絵画作品はどこまでいってもフィクションでしかありえないが、工芸品、特に水注のようなものは昔の人々が使用した、言わば事実として現在を生きる私達の前に存在している。企画者側の意図とは違うことを承知で敢えて言うと、工芸品を介して絵画作品を見ることで、それまでどう足掻いてもフィクションでしか有り得なかった絵画の内容が急に現実性を帯びてくるのである。工芸品の扱い方や工芸品と絵画作品との関係についても考えながら水注を鑑賞してもらえたらと思う。

平常展についても一言だけ述べておきたい。『高麗時代の水注展』の期間に合わせて国宝の《油滴天目茶碗》が展示されている。玉虫色の光沢を帯びた黒の胴部と金で縁取られた口の部分とのコントラストが絶妙で、《油滴天目茶碗》だけのために東洋陶磁美術館を訪れても損はない。是非とも『高麗時代の水注展』と併せて楽しんでもらいたい。

最後に『高麗時代の水注展』の図録についても述べておこう。小ぶりでページ数が少なく、図録というよりはパンフレットに近いものであるが、全27作品の図版と解説を掲載しており、手頃な値段である。本物を見たことはないが、オークションの目録を眺めているような気分に浸ることができる。

東洋陶磁美術館は他館に比べて入場料も格段に安く、中学生以下は無料で入館できる。人の少ない空間で落ち着いて鑑賞できるのが良さではあるが、こういう美術館に人が集まらないのは何とも勿体無い話である。散歩でも暇潰しでも、きっかけは何でも良い。東洋陶磁美術館に少しでも多くの人が足を運び、陶磁器や工芸品の魅力、また陶磁器や工芸品を扱う美術館・博物館の在り方について考えてもらえたらと思う。


(参考図書)『高麗時代の水注』(展覧会図録)、大阪市立東洋陶磁美術館、2010年。

text:吉田卓爾

「高麗時代の水注」の展覧会情報はコチラ

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