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奇跡の遺跡が語ること《ポンペイ展 レビュー》

2010 年 4 月 28 日 3,071 views No Comment

陶芸の技法のひとつに「鋳込み」というのがある。石膏で型をとり、そこにどろどろの液状になった特殊な粘土を流し込み、形を作るという手法である。原型になるものは果物や石、空き缶あるいは自分で作ったオブジェなど何でも良い。型を作ってしまえば同じ形のものをいくらでも出来ることから大量生産に向く手法でもある。私は陶芸を始めてまだ間もないころこの技法をある人から教えられ、身の回りのものを題材に色々な作品を作った記憶がある。庭になっている柿から型をとったら、驚いたことに柿のへたの部分まで忠実に再現できた。ビールの空き缶やペットボトルもおもしろかった。つぶれた空き缶などはつぶれて出来たしわの部分まで忠実に再現できた。出来上がったものに色をつければ本物そっくりにすることもできる。

いささか即物的で恐縮だが、今回のポンペイ展でまず思い出したのがこの「鋳込み」という技法であった。展覧会場に入って最初に出会うのが噴火による灰で埋もれた人を石膏でかたどった人型だ。あわてて逃げたのであろうか、何かにつまずいてうつぶせになって倒れた様子がよくわかる。この犠牲者はポンペイの北部の城壁の近くで発見されたものだ。火山とは反対の方向に逃げていた途中、ものすごい速さで迫ってきた高温の火砕流に飲み込まれたものと推定されている。顔であろう部分を眺めているとその瞬間に発せられたかもしれない叫び声までもが聞こえてきそうだ。こうした人型をとる方法は結構昔から行なわれていたようで、火山灰の中から人骨が発見されると、その周りの空間に石膏を流し込み型をとったという。今回展示されているのは日本の調査チームが発見し型をとったものの2体のうちの1体で、特殊な加工をしてはるばるヨーロッパから運んできたのだという。陶芸の鋳込みの技法とは多少異なるが、この技法を使うと衣服のひだや髪の毛など人体の表面の微細な特徴を写し取ることも可能だ。しかし今回展示されているものには残念ながら火山の噴出物である砂や岩のざらざらした感じが強く残り、微細な人体の表面の特徴はあまり伝わってこない、しかしおよそ2千年前に起きた突然の火山の噴火に飲み込まれた人の動きは実にリアルに再現されている。

ポンペイは「奇跡の遺跡」だとも言われる。火山灰に突然覆われ、当時の街と人がそっくりそのまま保存されてしまった。こうして保存されたのは人間ばかりではない。家や家具、絵や彫刻、さらには食器や風呂などありとあらゆる物が当時の姿のままで埋まった。火山が噴火したのは西暦79年、日本で言えば弥生時代だ。まだようやく竪穴式の住居に人々は住み、稲作が始まったころの出来事である。その時代の街がそっくりそのまま現代に蘇る、まさに奇跡だ。これまでにもポンペイの遺跡については本や展覧会などで紹介されてきたのでだいたい予想はついていたものの、こうして発掘された遺物を見せられると2千年のときを超えて人々の生活ぶりがリアルに蘇る。そして改めてローマ時代という文明の持つ先進性を強く感じざるを得ない。

ポンペイは当時1万人ほどの人口だったという。中心都市だったローマの近郊、風光明媚なナポリ湾沿いにできたごく普通の街の一つだった。当時の日常生活をしのばせるものが今回も数多く展示されている。青銅製の家具や調度品、ガラスの器、銀製の食器など様々であるが、中でも驚かせられるのが大理石と鉛のパイプでできた浴室である。ローマ時代の個人の住宅の浴室がそっくりそのまま出土したのである。もちろん一般の庶民の家ではなく、富裕層の邸宅のものだろうが、それにしても鉛の水槽とそれらをつなぐパイプ、それに大理石の浴槽は立派だ。パイプの途中には蛇口がいくつも付いており、これを調節することで湯の温度を変えて入浴を楽しんでいたという。さらにボイラーの熱気は内壁と外壁との間を循環するようになっていた。つまり現代風に言えば床暖房である。いったん解体し、博物館で復元し保存されているというが、贅沢な暮らしぶりがうかがえる。

このほか私が注目したのは色鮮やかなフレスコ画の数々である。日本の古墳にも壁画が残されているが、古いものでもせいぜい6世紀前後。つまりポンペイの壁画はそれより500年以上も前のものだということになる。神話などの物語を題材にしたものも多いが、中には当時の生活の一端を語るものも含まれる。「宴会の情景」と題された数枚のフレスコ画もその一つである。いずれも室内や屋外で客を招いて行われた宴会の光景を描いているが、酒をくみかわし、歌を歌い、会話をし、男と女が親しげに語り合う光景などまさに宴会が目の前で行われているかと思うほどリアルである。おもしろいのは富裕層の家具として紹介されている青銅製の「食事用の臥台」が必ずどの絵にも描かれていることだ。臥台は単なる長いすのようにも見えるが、上にはクッションやマットレスが置かれ、1台に3人ほどの人間が半ば寝るようにくつろぎながら食事をしていたらしい。そこには様々な珍味があふれるように置かれていた。夕暮れどきと同時に始まったローマ時代の夕食は贅沢三昧だったという。華やかな布がかけられた小さなテーブル、その上の銀の食器、さらにおそらくはワインが入っていたと思われるグラス。寝台に横になって美食の限りを尽くす。「金持ちは食べるために吐く。吐くために食べる」といったのはローマ時代の詩人セネカの言葉であるが、そうした光景もまたこの壁画に描かれている。

ポンペイの遺跡の中でも最大の施設が巨大な円形競技場だ。そこでは当時の人たちの最大の娯楽だったという剣闘士たちによる戦いが行われていた。収容人数はおよそ2万人というから、現代のスポーツ競技場なみの大きさだ。剣闘士になったのは奴隷ばかりかと思っていたらそうではない。自ら賞金目当てに一攫千金をねらって命がけの試合に身を投じる者も結構いたらしい。観客も様々な階級の人がいた。政治的なエリートもいただろうし、剣闘士に魅せられた女性も多かったに違いない。剣闘士の宿舎で見つかった女性の遺骨には貴金属を身につけていたものもあったという。つまり高貴な身分の女性があこがれの剣闘士に会いに来ていたまさにそのときに火山の噴火が起きた。剣闘士たちのいわば殺し合いという見せ物に巨大な円形競技場に集まった大勢の人たちは熱狂していたのだ。

私には今回の展覧会で出会った遺物を見ていると不思議と当時の人たちの生活と現代人の暮らしとが重なって見えてくる。フレスコ画から浮かび上がったポンペイ人たちの食文化といい、競技場での娯楽といい、それは熱狂と飽食の人間たちの姿だ。現代もまた飽食と飢餓、熱狂と孤独が隣りあわせであり、ちょっと見方を変えれば私たちの日常とあまりによく似ていると思えてならない。

陶芸の技法のひとつ「鋳込み」は物の形を忠実に写し取る。ポンペイの歴史もまた火山の噴出物で精密にかたどられ、2千年前の出来事や人々の暮らしが現代によみがえった。2千年たって人類はどう進化したのだろうか。21世紀に生きる私たちはローマ時代の人たちの美的感覚に感心し、人々の生活を好奇の眼で眺める。確かに科学技術は進歩しその恩恵に預かっている私たちの生活とポンペイの人たちの生活は同じではない。しかし人間として生きるということについて、その本質的な部分では何が変わったのか本当のところはよくわからない。ナポリ国立考古学博物館長のヴァレリア・サンパオロ氏は図録の中でこう述べている。
「古代の遺物を展示する博物館が観客を惹きつける大きな理由は、先人たちと自分たちの違いのあり方を探ろうとする好奇心と、結局のところはそれほど違いはないのだという安心感にあるのです。」
ポンペイの遺跡。それはもしかしたら私たち現代人の姿を映し出す鏡なのかもしれない。

text:小平信行

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