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現代アートをどう見るか《レゾナンス 共鳴 人と響き合うアート レビュー》

2010 年 4 月 28 日 7,271 views 4 Comments

部屋の中を取り囲む40本のスピーカ。押し寄せる音の洪水の中から、人はひとつひとつの声部を厳密に区別することはできない。そこではのべつまくなしに押し寄せる音響と個々の声部との間に、密かに無数の糸が張り巡らされている。ジャネット・カーディフのインスタレーション『40声のモテット』、16世紀の作曲家トマス・タリスの同名の宗教曲を40人の聖歌隊に歌わせ、その声をそれぞれ40本のスピーカで再現したこの作品は、この展覧会全体の象徴的存在でもある。漠然と部屋の中心に立っているだけでもその壮大な響きはぼくたちを圧倒するだろうし、立つ位置をひとたび変えればその響きはまた違った姿をみせるだろう。スピーカのすぐそばにまで耳を近づければ、少しずつではあるが声部の糸をほぐしていくこともできるかもしれない。そこには空間を満たす音楽を受動的に体験するだけでなく、自らの手で作品の様々な姿をとらえていく機会が差し出されている。この作品に限らず、およそ芸術鑑賞とは――特に現代芸術では――作品そのものが訴えかけてくる距離と、鑑賞者が作品へと迫ろうとする距離とが均衡する点において成り立っているとぼくは思う。決して片側だけの一方通行ではない。芸術作品が人の琴線に触れるためには、ぼくたちは積極的に心を開いていく必要がある。だから作品と対峙するとき、ぼくたちは単なる傍観者ではなく、芸術家にならなければならない。芸術と人との幸福な出会いがあるとすれば、それは作品だけでなく、ぼくたちの手にもゆだねられているのだ。

サントリーミュージアム学芸員の大島賛都によると、今回の展覧会は通常とは違う企画方法がとられているという。普通、展覧会ではテーマやコンセプトをあらかじめ取り決め、それを基準に作品を選択し、展示構成を煮つめていく。けれどもこの展覧会では、テーマはゆるやかに全体をつなぎとめる程度のものに留められ、それぞれの作品をテーマに束縛されることのない状態で、鑑賞者と作品がいきいきと対話できる場を提供することを主眼においている。彼はこのように説明する。
「まずは、鑑賞者が個々の作品から受けるであろう体験を事前にいろいろ想定し、会場内を歩きながら作品と次々と出会うことによって展覧会の内部でどのような体験や思いを得ていくことになるだろうか。そこからすべてを逆算して全体を構成してみたのです」(『図録p.10』)

それだから展示されている個々の作品には、共通性や統一感は薄く感じられるかもしれない。しかしそれは同時に、とりもなおさず、作品そのもののテーマや、異なった作品同士の間に流れる類似性を見出す作業が、鑑賞者の手にゆだねられていることを意味している。

たとえばデュマスの絵画と小泉明朗の映像作品。デュマスは裸体の人間を滲んだタッチで、平面的に描いている。それはあたかも死体からはぎとった皮をそのままキャンパスに貼り付けたかのように不気味だ。裸体という人間の最もプリミティブな姿を描きながら、明確なフォルムを失ったその表現は、人間の存在をとどめる中心を不安なまでにぼかしている。一方の小泉の映像作品『若き侍の肖像』では、特攻隊員に扮した俳優が、両親を前に最後の別れの挨拶を述べる場面を演じる。
「もっと侍魂を!」
作家は執拗に指導を行い、その要求に従い俳優は演技をなんども繰り返す。その過程は、俳優をいつしか架空の人格の内へと埋没させていく。そこには悲壮感というよりも、ある種の滑稽さをぼくは感じるのだが、その中にはやはり「ぼくたちの人格はどこに存在しているのか?」という問いが隠されているように思う。両者の作品の間には、人間の存在という共通するテーマが横たわっているかもしれない。

西尾美也はその問題をまた違った角度から浮かび上がらせる。西尾はケニアのナイロビで出会った人々に声をかけ、衣服を交換しあい、その場を背景にして互いの姿を写真におさめるというプロジェクトを行った。言ってみればケニアという異文化圏の侵入者である作者が、現地に生活する人間の衣服を身にまとうということが、どのようなことを意味しているのか。服装はもっとも身近な自己表現の形であるにもかかわらず、シールのように簡単に引き剥がすこともできる。本来の個人から取り外され、まったく異なる人種である作者の身にまとわれたとき、その衣服はどのように意味を変えるのか。衣服の交換が現地の人々の無償の善意によって行われていることも忘れてはならない。そこには作者の人間の存在という問題についての、ある種の楽観的な態度がうかがえるかもしれない。

そのような社会的なテーマ性とはまた違った作品も、もちろん現代芸術の一角をなしている。例えば、ライアン・ガンダーのインスタレーション『ナサニエルは知っている』は、見る者をはっとさせるような軽やかな作品だ(この作品はネタバレしてしまうと面白みが半減してしまうので、この程度の記述にしておこう)。金氏徹平の作品も軽妙なセンスにあふれている。既製品のフィギアの断片からコラージュ的に作りあげたその造形物は、ユーモアと不気味さとの隙間をさっと通り抜けていく。梅田哲也のインスタレーションもとても面白い。電化製品やバルーンといった見慣れた物体が組み合わされ、それが不可思議な動きを見せ続ける。その光景から受ける印象は強烈で、ぼくの場合は、自分でも気づかぬうちに作品の仕掛けを解き明かそうと見入ってしまった。作者の思うツボにはまっているのかもしれない。作品の列挙的な紹介はこのくらいにとどめておくが、ともすると退屈な作品に終始しがちな現代芸術の展覧会の中において、本展には非常に面白い作品が多く集まっていると思う。

デュシャン以降、あるいはもっと以前からかもしれないが、私たちは「芸術とは何であるのか」という問にたいして明確な答えを出せない状況にいる。あえてその問題に答えるならば、「我々が芸術と呼ぶものが芸術なのだ」と言うしかないだろう。それでも人が芸術から手を引くことはない。21世紀になった今でさえ、芸術という営みは絶えることなく続き、無数の作品が産み出されている。その無尽蔵にも思える現代芸術が意味しているものは、いったい何なのだろうか? それを読み解く作業は、ぼくたちに完全に委ねられている。異なる作品同士の背後で複雑にからみあう糸をほぐし、ある作品の意味にせまろうとすることは、芸術を見る楽しみのひとつだろう。もしかすると義務とすら言ってよいのかもしれない。そしてそれは、今を生きるぼくたちの特権でもある。なぜなら、過去の芸術と違って、現代芸術の場合、ぼくたちは作者と同じ時代を共有しているのだから。

参考文献:展覧会図録

text:浅井佑太

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4 Comments »

  • YUKO said:

    平日の午前中に行ってきました。その日は、何人かいた他の来館者は私を追い越してわりと足早に観られて行く方ばかりだったので、展示スペースに自分ひとりというラッキーな状態であることが多く、一人でゆったり存分に楽しむことができました。
    ある作品は、隣の部屋に立ってらっしゃるスタッフの方に一緒に入ってくださらないかとお願いしたくなるほどリアルに怖かったり、ある映像作品では観ているうちにこちらまで感情移入してしまって最後は一緒に涙を流して嗚咽しそうにまでなっていたり、また別の作品は「本当に固めてないのですか?」とすがっふに思わず確認してしまったりと、ひとつひとつの作品に引き込まれれ、本当に心が揺さぶられ、共鳴する展覧会でした。
    すべて観て2時間弱でしたので、会期中にもう1度は行きたいと思っています。

  • 55museum (author) said:

    >>YUKO様

    コメントありがとうございます。
    心が揺さぶられるほどの体験・・・、芸術を鑑賞する醍醐味ですよね。
    本当に評判のいい展覧会なので、関西圏の方は是非脚を運んでほしいです!

  • dorry said:

     日曜日でしたが、会期がもう少しだからか、ルノワールにとられているのか、案外すいていて、ゆっくり見ることが出来てよかったです。
     やはり、40声のモテットは一番印象に残りました。図録では、教会ですが、今回サントリーミュージアム天保山の、一面が窓の大阪湾の見える部屋で体験できましたが、教会ではないあの部屋だからこその面白さもあったのではないでしょうか。
     部屋の真ん中に座って一曲を聴き、スピーカーの前を歩きながら一人ずつ聴いてみたり目を瞑って聴いてみたり、ずいぶん長いことその部屋にいたと思います。この美術館がなくなるなんて、本当に残念です。
     映像の作品も多かったのですが、すべて面白くてよかったと思います。ケニアでのプロジェクトもとっても興味深くて、ビデオを終わりまで見ました。
     ミルクストーンなどは表面張力を確かめようと床にへばりついてみてしまいました。
     一つ一つ本当に印象的ないい作品だったと思います。

  • 55museum (author) said:

    >> dorry 様

    コメントありがとうございます。
    ひとりでも多くの人に観てほしい展覧会ですよね!
    ほんとにこの美術館は市が買い取って存続してほしいです!!

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