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確かめに行こう。―意味と無意味の意味、必要と不必要の必要―《柴田是真の漆×絵 レビュー》

2010 年 4 月 28 日 3,508 views No Comment

まず浅はかなことを言わせてもらう。
世の中には意味のあることと、意味のないこととがある。あまり詳しいことは分からないが、何かと話題に上る無駄を減らすための『事業仕分け』なるものも、言い換えれば意味のあることと、意味のないこととを仕分ける作業である。日々『美術』に携わって生きている筆者は決してそんなことは思わないが、『美術』についても、文字通り生きることだけを考えれば必要なものではない、と言う人が少なからず居ることは否定できない。

『柴田是真の漆×絵展』は意味と無意味の意味を絶妙に揺さぶってくる、そんな展覧会である。
本展覧会で度々目にするのが、『紫檀塗』という紫檀の木目に擬した『漆塗』が施された作品である。<筑波山硯箱>、<紫檀塗波兎図木刀>、<紫檀塗香合>、<紫檀塗青海波文筆筒>、<花瓶梅図漆絵>の五作品は、一見すると作品に紫檀材を用いて制作しているように見えるが、実際は『紫檀塗』であって、紫檀材は使用されていない。紫檀材ではなく紫檀に見せかけた『紫檀塗』である、という解説を読んだ時は筆者も自分の目を疑い、柴田是真や漆塗の表現の幅の広さに驚嘆した。特に<紫檀塗香合>は干割れを彫り表し、『漆絵』に木目を刻んで榺締(ちきりじめ)を、また『漆塗』で鎹(かすがい)を表現した『だまし漆器』で、芸が細かい上に品のある外観に仕上がっている。単に紫檀の香合を真似ただけでは、実際に紫檀を用いた香合を越えることはできないことを理解して、漆ならではの趣向を凝らした是真の粋な計らいが心憎い一品である。

しかし一方で、『紫檀塗』の作品を三つ、四つと目の当たりにすると、果たして『紫檀塗』にする必要があるのか、そんな思いを抱くのも確かである。話が脇道に逸れるが、この様な疑念は、人々が口にする穀物を減らしてまでバイオ燃料を作り出す必要があるのか、という議論に少し似ている。誤解を恐れずに言うなれば、高級な輸入品である紫檀が手に入らないのであれば他を選択すれば良いし、わざわざ漆を用いるのであれば紫檀を真似るのではなく漆らしい表現をすれば良い。つまり、身の回りにある素材の可能性を十二分に引き出し、同時に素材にとっての最も良い使われ方を模索するのが芸術家や職人の仕事ではないかと思うのである。

こんな筆者の思いを払拭したのが<砂張塗盆>と<瀬戸の意茶入>である。<砂張塗盆>は紙に『漆塗』を施して金属製の盆に、<瀬戸の意茶入>は竹に『漆塗』を施して陶製の茶入に見せかけた作品で、解説では『だまし漆器』と称されている。筆者は両作品がいかなる作品であるのか、詳細に説明する手立てを持ち合わせていないが、漆を塗られた紙が金属や陶器に見え、それが驚きであり面白いのである。両作品を通して筆者は、無意味なことが意味を持つ瞬間というものを体感した。

個人的な感覚ながら、ここまで挙げてきた『だまし漆器』のような作品はどちらかと言えば変化球であるが、本展覧会には『漆絵』の醍醐味を真正面から感じさせてくれる作品も数多く出品されている。<柳に水車文重箱>や十点ほど出品されている印籠は漆を用いた表現の面白さを十二分に感じさせてくれる。川の流れを『青海波塗』で、草花を『蒔絵』、『漆絵』、『素彫り』で、また水車の羽根を一枚一枚異なった『漆塗』で表現している<柳に水車文重箱>では、『蒔絵』や『漆絵』、種々の『漆塗』の表現が見事に調和して互いを引き立てながら併存している。画面を彩る様々な表現が、全て漆による表現であることに驚かされる作品である。恐らく是真でなければ、そして漆でなければ、重箱という狭い世界の中で、これだけ幅の広い豊かな表現をすることはできまい。東京展においても京都展においても、本作品がチラシやポスターのおもて面を飾っていることは、本作品が完成度の高い名品であることを端的に示していると言えよう。一つ一つ取り上げることはできないが、印籠に関しても同様のことが言える。是真は表面と裏面だけの印籠に、漆を用いた様々な技法を施して、無数の世界観を創出している。鐔や幽霊を表面に大胆に表現したもの、狐の嫁入りの様子を遠景で繊細に表現したもの、表面と裏面にそれぞれ異なった植物を品良く表現したもの等があり、早く次が見たくなる、幾つ見ても飽きのこないコレクションである。

<波に千鳥角盆>や<青海波塗皿>も派手さはないが、『漆塗』の繊細さ、面白さ、奥深さを感じさせてくれる作品である。青銅塗地に青海波塗という一面黒色の中に小さな白い小鳥の群を表現した<波に千鳥角盆>は、解説にある通り渋好みのシックな作品であるが、荒波の質感、荒波の中を鳥の群が飛んでいる緊迫感は、先に挙げた<柳に水車文重箱>とは逆の意味で漆の醍醐味を感じさせてくれる。また<青海波塗皿>は五枚それぞれにほどこされた青海波文が絶妙に異なった表情を見せている。

以上の様に、柴田是真の作品は多岐に渡り、今回紹介することはできなかったが、是真の絵画作品も本展覧会の見所の一つになっている。漆芸家是真の描く絵画作品は、技法的にも内容的にも専門画家の作品とは一味違ったものになっており、それを一般的な絵画の価値基準において善しとする否かは、また難しい問題である。
テレビや新聞相手に自分の哲学を主張するのも結構であるが、意味と無意味の意味や、必要と不必要の必要を、いとも簡単に表現してしまった是真の世界を、まずは、あなたの目で確かめてみてはどうだろうか。

(参考文献)『柴田是真の漆×絵展』(展覧会図録) 日本経済新聞、2009年。

text:吉田卓爾

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