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新しい建築空間の創造《エレメント 構造デザイナー セシル・バルモンドの世界展 レビュー》

2010 年 2 月 28 日 3,286 views No Comment

自然の形やそこにひそむ規則性などからヒントを得て、作品を創造することは、アートの世界ではごく当たり前のことだろう。
ユニークな建築を発表し続けている建築構造デザイナーの一人セシル・バルモンドの世界もまた自然がキーワードだという。自然の中に美を見出し、それをどう活かしていくかを構造設計という立場で考え、建築家のアイデアを実現していくのがセシル・バルモンドの仕事だ。

セシル・バルモンドは1943年スリランカ生まれ。
イギリスなどで化学や数学、建築を学び、1968年にはイギリスの総合エンジニアリング会社「ARUP」に入社。さらにARUPの中にデザイングループAGUを創設し、世界中の建築家とともに新しい建築空間の創造を行ってきた。

今回の展覧会の最大の見所が一番大きな展示室で繰り広げられる2つのインスタレーショ作品だ。
その一つが「H-edge」。
なんと7,000枚ものエックスの字の形をした金属の板とおよそ2,500mもの金属製のチェーンを使い、それらをつなげて直立させた巨大な構造物だ。仕組みは単純だが、本来は自立できない板と鎖ががっちりと組み合わされ直立している。一見すると天井からつるされているように見えるが実はそうではない。鎖を強い力で引っ張り金属の板を鎖の穴にぴったりかみ合わせることによって自立することを可能にしているという。ぶらぶらと宙に浮いているように見えるがさわって見るとがっちり鎖と板が固定されているのがわかる。そして床に置かれた照明からの光で壁に映る影はどこか木漏れ日のような、あるいは鳥がいっせいに羽ばたいたかのような幻想的な光景を生み出している。作品の周りをゆっくり歩いてみると、ある角度からは鎖の輝きしか見えないことがわかる。それはあたかも空から降る雨のようでもある。
見る方向で様々に変化する巨大なオブジェ「H-edge」。このオブジェを通り過ぎると見えてくるのが、今度は白と黒の2つのオブジェ「Danzer」だ。四面体を元に構成したといういわば大きな岩のような塊である。床にはジグザグの模様が描かれている。1と自身でしか割り切れない素数の隣り合う数字の差を高さにして出来た形をグラフィック化したものだ。金属板と鎖でできた「H-edge」、そして素数の川に横たわる2つの巨大な岩。これらは一見人工的な形態に見えるが、実は自然の中にひそむ規則性、すなわちエレメントを抽出し単純化していった果てに浮かび上がってきた形態なのだという。

セシル・バルモンドがどのように自然から発想のヒントを得ているのか。その基本的な考え方を教えてくれるのが会場に入ってまず出会う「バナーの森」である。会場を訪れた人はまさに森に分け入るかのように天井から吊るされたバナーをかきわけながら進んでいく。布のバナーには自らが撮影した写真と、それをもとにした絵が描かれている。写されているのはイタリアの田舎やスペインの荒野。そしてその写真の上に干し草や年輪、丸い石のような文様など様々な形態が描かれている。こうした文様はどのように浮かび上がるのか。セシル・バルモンドによれば、眼を細くして長い間じっと眺めていると、自然から様々な形態が次第に見えてくるという。
バナーには短い文章が書かれている。彼の発想の原点を知る上で貴重な手がかりだ。「はじめに写真を撮る。続いてスケッチをする。これは特徴をとらえるためだ。すると見たままの姿ではなく物の形がダイアグラム(図形)として浮かび上がる。」彼がこだわっているのは自然そのものではない。そこに潜む規則性や法則なのだ。バナーにはこんなことも書かれている。「物事は単純化していくと本質だけが残る。植物を例にとってみよう。木の枝が枝分かれしながら伸びるときのパターンと葉脈が葉の中で分岐するパターンは同じである。形は静的で固定されたものではなく、流動性を持ったネットワークそのものである。それは成長を続け,止まれば死ぬ。」

セシル・バルモンドはテクノロジーの粋を集めて作られる現代の建築にこそ自然の持つこうした形態や規則性を取り入れていくべきだという。そうすることで単に住み心地が良いとか、斬新なイメージだとかいうだけでなく、そこに住む人たちの感性が呼び覚まされ新しい刺激に満ちた空間を創造できるのだ。セシル・バルモンドにとって大切なのは、正方形や円形、三角形、螺旋などの人工的な形ではなく、こうした基本的な形態の基になった「枝分かれ」、「折れ曲がり」、「包み込み」、「渦を巻き」、「オーバーラップ」した有機的で動的な空間なのだ。こうした空間は自然の中に潜む秩序そのものであり、それを発見し建築に取り入れる、それこそがセシル・バルモンドの基本的な考え方なのである。

今回の展覧会では世界中の建築家と一緒になって作ってきた建築の事例も見ることができる。
その中の一人、日本を代表する現代建築家、伊東豊雄。実はこの同じ会場で2006年の秋、伊東豊雄の作品を紹介する展覧会が開かれていた。伊東豊雄展で強烈な印象に残ったのは台湾の台中市に建設されるオペラハウスのコンペで最優秀賞に選ばれた建築案の模型であった。建物は3つの劇場が中心になるのだが、それは連続した3次元曲面ででき、さながら洞窟の中をおもわせるような不思議な空間で構成されていた。伊東もまた直線と四角で構成される多くの建築に満足せず、自然からヒントを得て複雑な線と形態から建築を創造してきた。伊東の建築物の実現に向けて構造設計という立場で支え、様々なアイデアを出したのも実はセシル・バルモンドであった。
このほか北京に最近完成したねじれた直方体でできたようなCCTVの新社屋やロンドンのテートモダンの内部に吊り下げられた赤い巨大なチューブのような構造物など新しい空間を創造するために作られたたくさんの事例も紹介されており、セシル・バルモンドの考え方を知る上で重要なヒントを与えてくれる。

セシル・バルモンドは狭い意味での構造設計という分野に留まらず、建築家も気づかない新たな空間を自然から得たヒントを基に提案し実現させてきた。今でも好きなことはと聞かれると若い頃勉強したという音楽と答えるセシル・バルモンド。今回の展覧会場には彼のこだわりの音も流されている。セシル・バルモンドの考えを理屈でなく体で感じるように工夫されており、建築を専門にしている人だけでなく一般の人も大いに楽しめる展覧会になっている。

text:小平信行

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