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触れることの不思議、そして感覚の行方《レベッカ・ホルン展 レビュー》

2009 年 12 月 28 日 3,831 views No Comment

展覧会へ行って、一生忘れられない作品に出会えることはめったにない。
今、東京都現代美術館で開催中の『レベッカ・ホルン 静かな叛乱 鴉と鯨の対話』はもしかするとそんな一生忘れられない作品に出会えるかもしれない展覧会だ。言葉で表現することは結構難しいのだが、すべての作品から作者の強烈なメッセージが伝わってくる。
まず展示室に入って目につくのが「アナーキーのためのコンサート」であろう。グランドピアノが逆さになって中刷りになっているという奇妙な作品だ。さらにこの作品には見ている人の度肝をぬく仕掛けがある。それは見てからのお楽しみということにして、作者が伝えたかったメッセージとはいったい何なのだろうか。

レベッカ・ホルンは鳥の羽やユニコーンの角を身にまとったユニークなパフォーマンスで注目され、1972年、ドイツの現代アートの祭典「ドクメンタ5」展に参加し一躍有名になったドイツの現代美術家だ。ダンスや映画さらに近年は機械仕掛けのアート作品へ展開するなど様々なメディアを使いメッセージを発している。彼女の思考の根底に大きな影響を与えたのが制作に用いた合成素材が原因で肺を患ったことから療養生活を送らざるを得なかった体験があるという。動けないという不自由さ、そして他者からの隔離による孤独感が彼女を襲った。その間に膨らんだ想像力やイメージがその後の作品に大きな影響を与えている。

レベッカ・ホルンの作品を代表するもののひとつが触覚にこだわった作品だ。たとえば鳥の羽根でできた装具を顔につけ羽根で相手の顔を触ることで自分と他者との関係を成立させようという「雄鶏の羽のマスク」(1973年)というパフォーマンス。黒い羽根の装具を顔につけた女性が男の顔を羽でなぞっている。その行為はきわめてゆっくりとまるでスローモーションを見ているかのように映像で再現される。女性は装具を顔につけているため相手の顔をみることはできない。相手を見ることなく触る自分と触られる相手、なんとも不思議な人間関係がそこには存在する。
レベッカ・ホルンの作品にはやわらかく繊細な鳥の羽根を用いたものが多い。そこにこめられた作者のメッセージとはいったいなんなのだろうか。それは直接触れたいが触れないという二律背反した奇妙な欲求の表現なのだという。こうした表現にこだわるのは長い間、病気のために隔離された生活を強いられた体験が深く関係しているという。隔離され不自由なゆえに、様々な感覚を総動員して物事とかかわりたいという欲求。そしてこうした欲求をつきつめていったときに見えてきたのが、他者との深い関係を得たい場合には逆に距離をおき、もっと自由に動きたいときは自らの体を拘束するという一見矛盾したかのような表現にこだわった結果が彼女の作品のひとつの断面だというのである。

今回の展覧会で印象に残ったものに「ペソアのためのハート・シャドウ」と題された作品がある。円形の水盤に水が張られている。そこに斜めに光があてられ壁には水から反射した影が映っている。その影は水の表面の微小な揺れを文様として映し出す。水の表面に一定の間隔で金属製の細い棒がふれる仕掛けが施されている。棒の先端がわずかに水面に触れると、壁に投影された影が大きく揺らぐ。ほんのわずかな接触が意外なほど大きな波紋をひきおこすのだ。単純な動きにもかかわらず、いつまでも見入ってしまう不思議な光景だ。
同じような仕掛けの作品が「鯨の腑の光」である。暗い空間に大きな水面がある。周囲の壁には自ら作ったという詩が投影されている。そして同時に水面にも同じ詩が投影されその反射による詩も壁に投影されている。そこに天井からつるされた金属の棒がゆっくりとおりてきて水面にわずかに触れると、大きく水面が揺らぎ同時に水面から反射されていた壁の文字も大きく揺らぐのだ。言葉と言葉が響きあって新しい言葉を生み出しているかのようにも思える。優れた音響効果も手伝って、まるで鯨の体内にいるかのような何か生暖かい不思議な世界にひたることができる。水面と金属の棒の関係は触れているのか触れていないかわはっきりとはからない微妙な関係にある。そして本当に触れたときに水面に驚くほど大きく広がる波紋、そしてそこから生まれる新たなメッセージ・・・。

レベッカ・ホルンの機械仕掛けの作品の多くはモーターが内蔵されており、きわめてゆっくりと動く。そしてきわどい距離感というものの存在を私たちに提示してくれる。それはささやき声であったり、水の波紋であったり、電気の放電であったり様々であるが、それらは人間同士のあるいは人間と物との関係を築く上で重要な要素であるともいえる。私たちが普段使っている感覚機能には実はほかにも多様な局面が存在し、それらが複雑に絡み合って知らず知らずのうちにある種のエネルギーが流れ、関係性が築かれていること、それが彼女の作品を貫いている一つのメッセージなのかもしれない。

それにしてもあの中刷りのグランドピアノ、そこにはどのようなメッセージがこめられているのだろう。浮かんでくるのはピアノに向かって果てしなく長い時間をかけて練習をしきたであろうピアニストとピアノという関係性だ。鍵盤をたたくという行為はひとつひとつは小さな行為だが、それが数万回、数十万回繰り返されれば膨大なエネルギーが費やされる。そしてそれらはグランドピアノに蓄積されるに違いない。この作品が時に発する強烈な動きと音、それはこうして出来あがった2つの関係性だったのかもしれない。

(参考文献:展覧会図録「黒い森のタオイスト」長谷川祐子)

text:小平信行

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