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師を超えて 《モローとルオー レビュー》

2013 年 11 月 30 日 2,033 views No Comment

黒くて太い線、シンプルな構図、そして絵の具が盛り上がったような強烈な筆遣い。キリストの受難を描いても宗教的な雰囲気をあまり感じさせず、道化師や裁判官を描いた絵も静けさに満ちている。わかりやすくてどこか心が落ち着く。そんなルオーの絵に昔から惹かれていた。

ルオーについてはこれまで何度も展覧会に足を運び、油彩画や版画を眺めてきた。しかしルオーが19世紀象徴主義の画家モローの愛弟子だったいうことは、今回始めて知った。

モローが国立美術学校で教鞭をとっていたのは1892年以降、亡くなるまでのおよそ6年間。モローのもとで学んでいたマティスやマルケなど20世紀を代表する画家の中でルオーはモローの最も信頼の厚い生徒だったという。ルオーはどのようにモローの教えを受け、あの独特の作風を確立していったのだろうか。

そんな疑問に答えてくれる展覧会『モローとルオー・聖なるものの継承と変容』が東京のパナソニック 汐留ミュージアムで2013年12月10日まで開かれている(12月20日からは松本市美術館へ巡回)。パリにあるギュスターブ・モロー美術館所蔵のモローの作品を中心に、ルオーの絵と合わせておよそ70点をテーマごとに6つのコーナーで紹介している。単に二人の絵を展示するのではなく、モローの絵がどのようにルオーの絵へと継承し変容していったのかを暗示する展示が際立つユニークな展覧会だ。

モローの絵といえば神話を題材に、細密画風に描いた絵を思い起こす。モローが30代中ごろに描いた《オイディプスとスフィンクス》(今回は展示されていない)は、すでにモロー芸術が確立されていたとされる時代の代表作だろう。若者の胸に鋭い爪をたてて迫る美しい女性の姿をしたスフィンクスという設定は、ギリシャ神話を題材にしており、その後のモローの絵画世界を象徴する作品だ。

緻密で硬質という印象が強いモローの絵。しかし実際に絵の前に立つとそうしたモローの絵に対する印象はかなり違ったものになってくる。

会場に入ってまず目に付くのが、モローが長い年月をかけて挑んでいた大作《ユピテルとセメレ》だ。今回展示されているのはモロー69歳の時の大作の下絵すなわち習作と考えられている作品だ。

中央に描かれているのはキリストになぞらえた全能の神ユピテル。仏像のように前を見据え、手にしているのは王のつえと蓮の花だ。その膝に乗るセメレ。ユピテルのほうを驚いた目つきでみつめる女性セメレは人間の娘だという。

モローの絵は単にギリシャ神話やキリストの伝説をなぞったものではない。独特の絵の構成と細部まで描きこむ入念な描写が特徴だ。そこにはモローの独特の世界観と想像力が働き、時代の産物ともいえる要素も見逃すことができない。何らかの逸話を物語っていると同時に作者自らの内面も描きこまれている。

今回見ることができる《ユピテルとセメレ》は習作だからだろうか、実際に近寄ってみると図版からは想像もできない荒々しさが感じられる作品だ。絵の具が盛り上がり、筆跡もはっきり見える。そしてこうしたモローの描き方が、のちのルオーのあの独特の作風へとつながっていくことを予感させる。

神話や聖書に題材をとった細密画風の絵に交じって、モローのあまり見たことのない抽象画風の絵画が多いことが今回の展覧会の特徴だ。特に「聖なる表現」や「マティエールと色彩」「幻想と夢」と題されたコーナーでは、モローの絵と対比するかのようにルオーの絵が並べられているのだが、それがどちらの絵なのかわからなくなるほどよく似ているのだ。

例えば「聖なる表現」に並べられた9点を見てみよう。モローの未完成作品といわれる《ピエタ》。絵の具が厚塗りされ、かすれた筆跡が目立ち、キャンバスの地が見える部分もあるほどだ。さらに、その隣に架けられた《ゴルゴダの丘のマグダラのマリア》は暗い荒涼とした風景の中に誰もいな十字架が3本立ち、ひざまずく人物が影のようにおぼろげに描かかれている。印象的なのは横に走らせたような筆の跡。それはどこか荒涼とした大地に吹く冷たい風を思わせる。

同じコーナーで紹介されているルオーの絵が《三本の十字架》や《ゴルゴダの丘の聖女》だ。ルオーらしい黒く太い筆遣いと厚塗りの絵の具、きわめて簡略化され図式化した絵にも関わらず、キリストの受難に思いを巡らせるには充分な作品だ。

モローの《ゴルゴダの丘のマグダラのマリア》は様々な証拠からおそらく1850年頃の作と推定されている。そしてルオーの《三本の十字架》や《ゴルゴダの丘の聖女》はそのかなり後の1930年代後半に描かれたものだ。

80年近く時を経て描かれた二人の絵。ルオーがどのようにモローの作品から影響を受けたのか今となってはわからないが、あたかもルオーがモローの未完成の作品を完成された絵へと導くかのような印象すら受ける。

今回の展覧会のもう一つの注目すべき作品が1890年 モロー65歳の時に描いた《パルクと死の天使》だ。パレットナイフを使い、ひっかき、厚塗りの絵の具が実に印象的だ。馬にまたがる死の天使と馬の手綱を引く運命の糸を操るパルク。赤い翼をもった死の天使の顔は夜空に輝く光輪の輝きによってその表情は黒く塗りつぶされ、背景の空は世界の終わりを思わせる不穏な空気に包まれている。ギリシャ神話とキリスト教が混じった題材をテーマにしたいかにもモローらしい作品だが、描き方はやはりあの細密画とはうって変って絵の具の荒々しさが際立つ。

この絵の隣にかかっているのが、50年以上のちにルオーが描いた《我らがジャンヌ》だ。フランスの国家的ヒロインであるジャンヌ・ダルク。弾圧者から国を守るために立ち上がった戦士の美徳への信仰はルオーも若い時から持っていたという。

背後に見えるのはジャンヌを焼きつくしたという炎だろうか。沈みゆく太陽がぎらぎらと燃え盛り、ルオー独特のタッチで馬にまたがるジャンヌが威風堂々と描かれている。
なぜこの半世紀以上も離れた時代に描かれた2枚の絵が並べて展示されているのか。そこには深い意味がある。今回の展覧会の監修者の一人モロー美術館の館長マリー=セシル・フォレストは評論家の次のような意見を紹介している。
「モローの《パルクと死の天使》とルオーの《我らがジャンヌ》は構図、構成要素のフォルム、厚塗りの面で類似しており、後者は前者からインスピレーションを得た可能性がある」。

今回の展覧会ではモローの謎に満ちた作品も展示されている。晩年のアトリエに残されていた「油彩下絵」という作品だ。モローのあの細密画風の絵と比べるとなんと異なる作風の絵ろうか。それ自体が一つの確立された作品なのか、あるいは未完成作品なのか今でも多くの議論を呼んでいるという「油彩下絵」。

確かに習作とも思える作品もあるが、中には明らかに絵の具をキャンバスの上で混ぜ合わせ、あたかも色彩の実験を行おうとしている抽象画風の絵もあり、モローが新たな境地を目指して模索を続けていたようにすら思える。モロー研究者の一人レミ・ラビュルスは次のように述べている。
「モローは画家であると同時にそして画家である以上に神話学者、思想家、詩人なのである。(略)モロー美術館には素晴らしいエスキースが集められているが、それはモローの非力で不完全な素質が完成されずに終わったものである。まるで敗北を喫した夜の戦場を見る思いがする。」

モローが亡くなって4年後に開館したモロー美術館。そこにはモローの絵画やスケッチ、手紙などおよそ15,000点が収められている。そしてルオーはこの美術館の館長を1902年から30年以上にわたって務めた。

「まるで敗北を喫した夜の戦場を見る思いがする。」とも言われたモローの数多くの未完の絵画やスケッチで埋め尽くされた美術館でルオーはどのような想いで館長を務めていたのであろうか。

もしかしたら国立美術学校でモローの教えを受けていた時代よりも、この美術館でモローの作品に囲まれて過ごしたことのほうが、ルオーのその後の作品世界への影響ははるかに大きかったのではなかろうか。

時代を超えて描かれた二人の絵を実際に間近に見て感じること。それはモローが残した未完と思われる作品が基礎にあり、それをもとにルオーは20世紀最大の宗教画家とまで言われる独特の絵画を生み出していったのではないかという思いである。信愛なる師モローを超えて、ルオーはまさに聖なるものを継承しつつ変容させていったのである。

参考文献:展覧会図録


text:小平信行


『モローとルオー -聖なるものの継承と変容-』の展覧会情報はコチラ


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