描くように縫う 《絹糸で描いた刺繍絵画の世界 レビュー》
昨年末にイギリスのアシュモレアン美術館で日本の刺繍を扱った展覧会が開催された。《 Threads of Silk and Gold 》と題された会場内に展示されていたのは、明治時代に製作された絹糸の刺繍による絵画作品であった。「刺繍絵画」と呼ばれるそれらの作品は、その多くが欧米の住宅に飾ることを目的に作られた輸出品であったため、日本で作られていたにもかかわらず、その存在はあまり知られていない。明治時代の他の工芸品と同じく高度な職人技によって生み出された刺繍絵画は、万国博覧会などを契機として欧米の王侯貴族の間で広く知られるようになり、多くの作品が彼らの邸宅に納められた。また海外市場を見据えていた刺繍絵画には、和洋折衷的な作品や伝統技法を駆使した写実的な表現などの独特な要素が見られた。
アシュモレアン美術館での展覧会の際に、日本国内からは清水三年坂美術館の所蔵する作品が多く出品された。虫食いや紫外線による劣化が原因で、良好な状態に保たれている作品が非常に少ない刺繍絵画というジャンルの中で、同館の誇る質の高い多彩なコレクションが驚きをもって迎えられたことがプレスリリースなどから読み取ることができる。今年の8月23日から11月17日までの期間中、清水三年坂美術館ではアシュモレアン美術館でも紹介されたコレクションの一部と、新たに里帰りした刺繍絵画作品を館2階の企画展示室にて公開している。国内でもほとんど知られていない名品の数々とその妙技を鑑賞することができる機会となっている。
幕末から明治時代になり社会状況が一変する中で、従来の顧客のほとんどを失っていた刺繍業界に転機が訪れたのは明治6年(1873)のウィーン万国博覧会であったとされている。当時、貿易による外貨獲得を目指していた明治政府が美術・工芸品の万国博覧会への出品を奨励したことは良く知られているが、陶磁器や漆器、七宝や金工の品々と並んで様々な刺繍作品もまた博覧会へと出品された。海外における日本の刺繍の認知度を博覧会を通して高めたことにより、しだいに輸出の規模を拡大していった当時の刺繍業界がさらなる作品の改良に努めた結果生まれたのが、伝統的な技法を使いつつ写実性を追求した刺繍絵画であった。
《葦に虎図》では葦辺に横たわる一頭の虎が毛の一本一本に至るまで繊細な繍いで描かれている。強さや勇敢さの象徴である虎は古くから人気のあった画題だが、日本では大陸から渡来した毛皮や絵画、身近に生息する猫などを参考に描かれることが多かった。明治時代になる頃には見世物小屋などで生きた虎を目にする機会も増え、より写実的に描かれるようになった。《葦に虎図》の原画は岸竹堂や竹内栖鳳といった近代京都画壇を代表する画家の描いた虎か、あるいは写真を元にしたと考えられている。余談だが、伝統的に虎の絵を得意とした岸派に属する岸竹堂は、晩年に見た本物の虎に衝撃を受け、画風がそれまでのものと一変したことでも知られている。日々虎の元に足繁く通っては写生を繰り返した竹堂の画風に見られる、毛の一本に至るまで丹念に描く細密表現には確かに刺繍絵画に通じるものが感じられる。《葦に虎図》に見られる虎の体毛は「刺縫い」と呼ばれる技法によって柔らかく立体的に表現され、鑑賞する方向によって様々に光を反射し美しく輝く。目や牙、爪の部分ではより細い糸で緊密な刺縫いが行われることで鋭さが強調されている。
刺繍絵画において多用される刺縫いは日本の刺繍の一技法であり、技術的に最も熟練を要すると言われている。表現したい対象の輪郭線上に針目を揃え、内側へ針を刺し込む際に一針ずつ長短をつけて全体を埋めるという方法らしいが、言葉だけで説明するのはやはり難しい。詳しくは会場にある構造図などを参照してほしい。刺縫いは糸の太さの選択や針足の運び方、撚りのかけ方など職人個々人の高い技量が求められる一方、色の濃淡や明暗、立体感が表現できるという特徴があり、場合によっては普通に絵の具で描く以上の写実的な表現ができる。
動物の狩りの様子を画題にした《コンゴウインコを捕えたオセロット》では、非常に細い絹糸によってオセロットの繊細な毛並が表され、その口にくわえられたインコの羽は複数の糸を撚り合わせた杢糸(もくいと)による見事なグラデーションによって玉虫色に輝いて見える。裏に「S・NISIMURA」のシールが貼られていたことから、製作元が西村總左衛門(現在の千總)の工房であることが判明した貴重な作例にもなっている。
南アメリカに生息する動物たちが登場するこの作品は、当時の西洋絵画やリトグラフなどを元に製作されたと考えられている。19世紀後半のイギリスでは動物画で有名であった英国出身のエドウィン・ランドシーアの作風を真似た絵画が人気を博していた。刺繍絵画には《コンゴウインコを捕えたオセロット》をはじめ、実業家の松方幸次郎(国立西洋美術館の基礎となった松方コレクションで知られる)が英国人のトーマス・ベルに寄贈した《ピレニアン・マウンテン・ドッグ》など、動物を題材にした作品が多く見られるが、これらは当時のランドシーア人気に少なからず影響されて製作されたとみることができる。
一方でこれらの作品の背景や画面全体に目を向けてみると、描写が極端に省略された背景や余白を大きくとった構図など、西洋絵画をそのまま忠実に再現したのではない、和洋折衷的な部分も確認できる。
今回展示されている作品1点1点の規格は実に様々で、このことは西洋の室内装飾に対応できるよう多様な形態が考案されていたことを想像させるが、そのような作品が並ぶ中で唯一《老梅鷹》だけは屏風という作品形態をとっている。画面上では雪がうっすらと降り積もった梅の老木に留る鷹が、他の作品同様細く繊細な絹糸によって丁寧に描かれている。背景にある金地はまるで金箔を貼ったような処理がされており、作品全体に厳かな雰囲気を加えている。《老梅鷹》に付属していた箱書の内容から、この作品は輸出用に製作されたものではなく、大正天皇の御遺物である可能性が高いとされている。当時の刺繍絵画には数は少ないながらも国内の需要に合わせて製作された作品があったことが窺える。
イギリスで Threads of Silk and Gold(絹の糸・金の糸)と題されたように、刺繍絵画には金糸が多く使用されている。会場には当時ロンドンに本社を構え、横浜で日本の織物や刺繍を扱っていたフリント・キルビー社が所有していた金糸の標本などの珍品も展示されている。金糸には金箔を漆や膠で和紙に貼り付けた後で糸状に切った「平金糸」と、絹糸や木綿糸を芯にして金箔や平金糸を螺旋状に巻き付けた「撚金糸」がある。フリント・キルビー社の標本では、同じ撚金糸であっても金や糸の種類によって生じる微妙な違いが細かく分類されており、当時の職人たちが使用していた多種多様な素材の一端が垣間見られた。
近代刺繍絵画についての国内における認知度はまだまだ低い。日本よりも早くイギリスで展覧会が開かれたことからも分かるように、現在する作品の多くが海外にあることもその理由の1つであろう。このような状況の中で清水三年坂美術館の所蔵する良質なコレクションは今後より一層重視されていくことになるだろう。ちなみに、東京の国立近代美術館で10月14日まで開催されている竹内栖鳳の展覧会に、三年坂美術館から刺繍絵画作品として《雪中松鷹刺繍》と栖鳳自身の手による原画《雪中蒼鷹図》が出品されている。10月22日からは京都市美術館での開催が予定されているので、興味のある方はこちらの展示と合わせて足を運んでみることをお勧めする。
参考図録:『Threads of Silk and Gold』
text:上田祥悟
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