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冷泉家いろいろ《もっと知りたい!展覧会》

2009 年 11 月 27 日 2,674 views No Comment

冷泉家の屋敷があるキャンパスに通いながら、その当時はな〜んも知らないで

ノホホンと大学生活を謳歌していたバカな大学生の典型だった(一応)編集長の森ですが

年をとるにつれ、海外に行くにつれ、日本の歴史のすごさを感じています。

日本が海外に向かって自信をもって発信できることって、この歴史のすごさなんじゃないでしょうかね。

その現在へとつながっている歴史を体感できる展覧会「冷泉家 王朝の和歌守(うたもり)展」

東京都美術館で 2009年12月20日(日)まで開催中です。(その後京都に巡回)

見た目は地味な展覧会かもしれませんが、少しでも展覧会を楽しむきっかけになればと

今回は冷泉家に関する情報を集めてみました。


基本情報は公式サイトをご参考いただくとして・・・

・冷泉家のおこり
 藤原定家はもちろん冷泉家の祖先ではありますが、御子左家の人間でした。
 冷泉家が始まるのは定家の孫、為相(ためすけ)から。
 為相はなんと父、為家66歳の時の子供。
 正妻の子ではなかったので、行く末を案じた為家が歌に関する書物をすべて為相に譲ると遺言したのが
 歌の家、冷泉家をつくることになったのでした。
 ただその遺言をめぐり、嫡男為氏と裁判で争うことになり随分大変だったようです。
 為相の母、阿仏尼の努力がなければ今の冷泉家はなかったかもしれませんね。
 (阿仏尼は見る立場によっては悪女になったり、才女になったりのなかなか魅力的な人)

・冷泉家の守護神は亀!?
 現在の冷泉家のお屋敷は天明の大火後に再建されたもの(1790)。
 その地鎮祭のときになんでも亀が現れしばらくそこで遊んでいたとか。
 冷泉家の人たちはこれをとても喜び、亀を冷泉家のシンボルにしたそう。
 今出川通りに面している門を見上げると、『阿吽の亀』が見れます。

・『明月記』は藤原定家の日記
 基本かもしれませんが、私は最近まで知りませんでした(恥)。
 定家が19歳(1180年)から亡くなる80歳(1241年)までの日記なんです。
 1180年は源氏と平家が戦って平家が破れた年でもあります。
 定家はとても個性的な人だったらしく、日記も結構愚痴っぽくっておもしろいらしいですよ。
 そんな『明月記』をわかりやすく読ませてくれる本があります。私も読まなきゃ。
 【定家明月記私抄 堀田 善衛 (著)

・冷泉家の国宝は5件
 ■定家筆『明月記』
 先に述べたように藤原定家の日記。
 ■定家筆『古今和歌集(嘉禄二年本)』
 ■定家筆『後撰和歌集(天福二年本)』
 村上天皇の命により10世紀半ばに成立。
 定家はこれを10回近く写したが、現存する自筆本は天福二年本のみ。天福2年(1234)は定家73歳。
 ■定家筆『拾遺愚草』
 定家の自撰家集。2885首を収録。
 現存するのは天福元年(1233)、定家が出家する直前の時期に筆をとったもの。
 ■俊成筆『古来風躰抄』
 俊成84歳の筆。
 式子内親王の求めによって書かれた歌学の書。

・定家の菩提寺「二尊院」
 嵯峨野にある天台宗の寺院ですが、定家の山荘、時雨亭がすぐ近くにあったことから
 定家の菩提寺となりました。
 冷泉家では二尊院がある小倉山を定家の墓としているらしいです。
 二尊院は紅葉の名所としても有名です。

・定家様
 とは、個性的だった定家の書風をまねたもの。
 冷泉家7代目の為和(ためかず 1486〜1549)が始めたとされています。
 下克上の世の中で、自分は定家の子孫だということを強くアピールするためだったとも。

・御文庫の勅封
 第12代為清(ためきよ 1631〜1668)の頃、
 典籍を切り刻んで手鑑に貼り込んだりすることが流行ったので
 冷泉家の蔵書の流出を心配した後水尾天皇が
 御文庫を勅封(天皇の許しがなければ当主でさえ中に入れない)しました。
 その後約100年もの間、勅封は続いたのでした。

・冷泉邸が御所の北に位置するワケ
 豊臣秀吉は1591年、京都の市中にちらばっていた公家屋敷を
 御所のまわりに集める政策をとったのですが、
 ちょうどそのとき、9代目為満(ためみつ 1559〜1619)は京を追放されていたのです。
 1598年、家康のとりなしでなんとか勅勘をとかれた冷泉家は、
 やむをえずすでにできていた公家町の北に邸宅を建てたわけです。
 ただ、明治時代にこの公家町を国民公園にしてしまったため
 ほとんどの公家屋敷が取り壊されたことを考えると
 冷泉家が御所の北に建てられたのは幸運だったのかも。
 なにせ、ほとんどの公家が東京に移った中、冷泉家は京に残り
 そのおかげで関東大震災にも空襲もあわずにすんだのですから。

・冷泉家の危機
 戦後、冷泉家には莫大な財産税と相続税がのしかかりました。
 税務職員が連日土足であがりこんできたそうですよ(けしからん!!)
 ただ、そんなときも調度品や田畑などを処分してなんとか御文庫を守ってこられたそうです。
 公家出身だからといって贅沢な暮らしをされているわけでは決してないのですね。
 こういう展覧会で冷泉家の典籍類が改めて貴重なものだと認識されるのは本当にいいことだと思います。



展覧会は書物、典籍類が主な展示品であるため見た目は地味かもしれませんが、

目の前にある文字はあの藤原定家が書いたものなんだ!

と当時(といっても約800年前ですが)に思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。

今回の展覧会とは全然関係ないですが、定家と言えば「百枚の定家」という本おススメです!!

“小倉色紙”をめぐるミステリーなので歴史の勉強にもなります。


「冷泉家 王朝の和歌守(うたもり)」展の展覧会情報はコチラ



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