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「アンフラマンス」って何?《静寂と色彩:月光のアンフラマンス展 レビュー》

2009 年 11 月 27 日 4,064 views No Comment

天井からやわらかな自然光が降り注ぐ展示室に栗田宏一の「MOON WATER SOIL SUN」が並んでいる。この作品は日本全国の土を小さなシャーレに入れ、729個並べるというインスタレーションである。
私はこれまで土の色とはこげ茶色のいわゆる土色だけかと思っていた。しかしこの作品を見るとこれは大きな間違いだったことがわかる。土の色とは茶色、肌色、オレンジ色など実に多様で、どれひとつをとっても同じ色はない。真ん中に置かれたのは川村記念美術館の庭の土。そして729個というのは、曼荼羅に通じる数字で3の倍数の27の2乗に相当する数字だそうだ。これまで栗田は日本全国を歩きおよそ1万点以上の土を採取した。シャーレの土に水を注ぐ。やがて水はなくなり土は乾燥しひび割れていく。作者はこの変容こそが作品であり、それは天井から差し込む太陽と月の光そして水によって生み出されるという。じっと見つめているとまさに今乾燥が進み作品が変容しているような想いにさせられる。土の色の多様さと時間による微妙な変化がこの作品の見所なのである。


今、千葉県佐倉市の川村記念美術館で「静寂と色彩:月光のアンフラマンス」と題された展覧会が開催中だ。それにしても「アンフラマンス」という言葉、いったいどのような意味なのだろうか。実はこの言葉、20世紀を象徴する現代アートの巨匠マルセル・デュシャンが残したノートに書き残していたもので、「アンフラ」とは「下の、以下の、外の」という意味の接続詞、「マンス」とは「薄い」という形容詞、つまり極薄または超薄という意味だそうだ。デュシャンのノートには具体的ないくつかの事例が書き記されている。例えば「(人がたったばかりの)座席のぬくもりはアンフラマンス」だという。急速に冷えていく座席のぬくもり、そこには極少の変化が存在し、デュシャンはそれを「アンフラマンス」と呼んだ。デュシャンはこのほかにもタバコから出る煙と口から吐き出された際の煙は「アンフラマンス」によって結びつくとも言っている。いかにも20世紀の芸術家、その中でもとりわけ個性の強いアーティストの特異なものの見方を暗示する言葉だ。今回の展覧会の図録の巻頭言を書いた成城大学教授の北山研二氏によれば「既成の美術から脱出したいデュシャンは視覚の領域しか問題にしない透視図法には満足しなかった」という。視覚だけではなく触覚、聴覚、嗅覚、さらに時間の経過などの他の要素もまた芸術の表現には関与することが可能ではないかとデュシャンは考えていたというのである。時が経つにつれ作品が変化する栗田宏一の作品「MOON WATER SOIL SUN」などはもしかしたら「アンフラマンス」という言葉にぴったりの作品なのかもしれない。

今回の展覧会は2部構成で作品が展示されている。第1部は異色の取り合わせだ。明治から大正にかけて活躍した彫刻家の橋本平八の小さな木像や19世紀のイギリスの風景画家を代表するターナーやコンスタブルの銅版画、そして今回の展覧会のキーワード「アンフラマンス」を書き記したというデュシャンのノートなどまったく異なる分野の5人の作家による作品がひとつの部屋で見る事ができる。
第2部は現代アート作品の展示。このコーナーのひとつが冒頭に書いた栗田宏一の作品だ。
ここでもう一つ注目の作品が吉川静子の「色影」という作品。吉川の作品の多くは鮮やかな色彩と緻密に計算された線の交錯によって成り立っているが、こうした作品の原点ともなったのが「色影」という作品である。この作品の誕生について吉川は次のように語っている。「あるとき、アトリエの床に置いてあった描きかけのキャンバスに太陽光が反射して、色彩の影がアトリエの白壁に揺らめいていることに新鮮な驚きと感動を覚えた」。「色影」は厚みを持った小さな矩形を規則的に並べて構成されおり、これらの矩形の側面には異なる色が施されている。一直線に並んだ矩形の影によってできた線が画面全体にひろがり、あたかも織物であるかのような印象を見る者に与える。線は影であるから見る人がその位置を変えるとその太さや色、それに位置までもが変化して見える。正面から真横へ移動すると横に入っていた線が縦になって見える。吉川のこの作品は絵画的な表現の中で作品にあたる光を操り微妙に動く線を表現しひとつの作品にするというユニークなものだ。
第2部で展示されている作品の多くが抽象絵画だが、針穴を通して取り込んだ外の光りによって映像を映し出す作品や見る人の動きに反応するメディアアート作品、さらに美術館の庭に置かれたガラスによるインスタレーションなど実に多彩だ。そして作品の多くが「静寂と色彩」という今回の展覧会のタイトルに象徴されるように、色彩あふれるがどこか静けさが漂うものばかりである。それは今回の展示作品が本邦初公開になる作品や日本国内というよりもむしろヨーロッパなどでの活躍が長い作者によるものが多いからかもしれない。
こうして見てくるとあの「アンフラマンス」という言葉の意味、それはこの展覧会に展示された100以上の国内外の作品すべてがかもし出す独特な雰囲気に答えがひそんでいるようにも思えてくる。池には白鳥が羽を休め、草原の広場にはヘンリー・ムーアの彫刻がそびえたつ川村記念美術館。作品鑑賞のあとは森を散策、日常の喧騒から解放されて静かなひと時を過ごすという贅沢が味わえる。

text:小平信行

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