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終わりと始まりの世紀末《クリムト、シーレ ウィーン世紀末展 レビュー》

2009 年 11 月 27 日 3,285 views No Comment

たいていの物事には始まりと終わりがある。
どういう訳か人々の心にはその終わりの方だけが記憶されがちであるが、物事の始まりや何かを始めた時の気持ちというのもずっと大事にしていたいものである。40歳を越えたスポーツ選手の「もっと上手くなりたい。」という言葉、また美談や苦労話を引き出そうとするインタビューに対するスポーツ選手や役者、芸術家の「好きだから(続けられた)。」という言葉は本当に重たい。ひたむきに努力する彼らの言葉や姿勢に出会わなければ、日々失敗の多い筆者は今日まで頑張ってこれなかったかもしれない。
兎にも角にも偉大な仕事、後世に語り継がれる仕事というものには、初心を忘れない、努力を怠らない、おごらない姿勢に裏打ちされた「新しさ」、「巧みさ」、「美しさ」が常に内在している。『ウィーン世紀末展』の中心をなすグスタフ・クリムトやエゴン・シーレの作品も例外ではない。ここではグスタフ・クリムトの作品に焦点をあて、全五章で構成されている本展覧会のうち第一章と第二章を中心に見ていくことにしよう。


「リアリズムから情緒印象主義へ」と題された第一章ではクリムトやシーレが生きた時代のウィーンと関わりのある画家達の作品が紹介されている。
展覧会図録の解説(注1)を筆者なりに解釈して第一章を説明するならば、美術におけるパラダイムを遅滞させかねない思潮と前進させるような思潮とが当時のウィーンには混在しており、画家は緒潮流を自らのセンスによって纏め上げる必要があった。また諸潮流をどの様に摂取し作品へと消化するのかが画家の個性にも成りえたといったところであろうか。
すなわち本章の鑑賞で大事なことは以下の二点である。
第一点目は様々な主義・主張を当時のウィーンが受け入れていた様子を読み取ること。第二点目は様々な思潮を画家個人のセンスによって纏め上げ作品にするという当時のウィーンの在り方が他の都市から見ていかに特殊なものであったかを読み取ることである。例えばオルガ・ヴィージンガー=フロリアンの『積み藁のある夏の夕べ』(cat.no.12)やフーゴー・ダルナウトの『ウィーンの庭』(cat.no.17)などの作品に印象派の影響があることは西洋美術に疎い人であっても理解することができるであろう。また筋違いかもしれないが、ヨハン・フィクトール・クレーマーの『暖炉のわきの自画像』(cat.no.23)の背景に描かれた壁の装飾模様を見ているとウィリアム・モリスの室内装飾を見ているような気分になる。もう一言想像でものを言うなれば、以上のような特殊なウィーン芸術の在り方には多民族国家ハプスブルク帝国の在り方が大きく影響していたのであろう。

第二章ではグスタフ・クリムト(以下クリムトと記す)及び弟のエルンスト・クリムトの作品が取り上げられている。
本章及び本展覧会の目玉が分離派創設以後の作品『パラス・アテナ』(cat.no.45)であることは言うまでもないが、ここでは敢えてクリムトの初期の作品を取り上げてみたい。確かに展覧会図録の解説が述べているように(注2)、『寓話』(cat.no.39)や『メルヘン』(cat.no.40)、『牧歌』(cat.no.48)といったクリムト初期の作品には古典作品を意識した部分や同時代の画家に刺激された部分があり、初期の作品を見る限りではクリムトも第一章の画家達と同じように様々な主義主張を取捨選択し作品を制作した画家の一人であったことを否定できない。
しかし、『寓話』や『メルヘン』、『牧歌』といった作品を描く画家でなければ『パラス・アテナ』のような作品を描くことは決してできなかったと筆者は思う。例えば『メルヘン』はキャプションに黒チョーク・墨ペン・淡彩・白のハイライト・紙と書かれており、油彩画ではなくどちらかと言えばデッサンに近い作品である。この『メルヘン』において的確に描写された陰影や衣の質感、豊満な女性の肉感からはクリムトが伝統的な絵画の技法や技術をしっかりと学び取り、人一倍修練を積んでいた様子を窺うことができる。ミケランジェロを彷彿とさせるような『牧歌』における裸体の男性像を見ればクリムトの「巧みさ」が理解されよう。
ただし上手いだけの画家なら山ほどいる。技術という大前提の次にクリムトの作品を彩っているのはやはり「新しさ」である。『寓話』の核心は「様々な民族的・社会的集団が平和に共存することの必要性」とのことであるが(注3)、本作品からは現在進行形の問題を古典作品のような画面に仕上げるクリムトの柔軟さを感じ取ることができる。また『牧歌』では、古典作品に見られない構図の組み方をしている点、背景を植物の模様で埋める点、普通なら額縁に当る部分を敢えて油彩で描いている点に「新しさ」を見出すことができる。
しかし上手くて新しいことに挑戦する画家もやはり数多く居るであろう。結局のところクリムトの作品が傑出している一番の要因は「美しさ」であると筆者は思う。例えば『牧歌』においてはクリムトの絵画技術の「巧みさ」と感覚の「新しさ」が見事に調和している。『牧歌』の画面には余計なものが何一つなく、足りないものも何一つない。この完全なる調和(「美しさ」)は、己の技術の「巧みさ」に埋没する画家や己の発見の「新しさ」に執着する画家には到達することのできない高みである。己の技術に対すて確固たる自信を持ちながら、また新たなことに挑戦する欲望を持ちながら、絵画制作という点に関しては決しておごることのない画家であったからこそ『牧歌』のような作品を生み出すことができたのではなかろうか。初期の作品からクリムトの「巧みさ」、「新しさ」、「美しさ」を読み取ったあとに『パラス・アテネ』を見れば、また一味違った『パラス・アテネ』の意味や奥深さを感じることができるに違いない。

第三章ではエゴン・シーレの作品がクリムトとは違う「巧みさ」、「新しさ」、「美しさ」を見せている。
また第四章では当時のポスターや絵葉書が紹介されている。ポスターや絵葉書の展示はサントリーミュージアムのお家芸とも言うべき部分であり見ごたえのあるものになっている。
最後の第五章では自然主義と表現主義の作品が取り上げられているが、残念ながら筆者にとってはクリムトやシーレの余韻を際立たせるものでしかなかった。また絵画表現もさることながら、全体を通して多様に装飾された額縁の表現が見所の一つになっている。

最後に一言だけサントリーミュージアム[天保山](以下サントリーミュージアムと記す)について述べておきたい。
新聞などで既に報じられているようにサントリーミュージアムは来年末に閉館する。三、四年前、公立の美術館や博物館が独立行政法人化し、統廃合の問題が取沙汰されていた当時、民間企業が経営する美術館としてサントリーミュージアムは一目置かれた存在であった。サントリーミュージアムは先に述べたようにポスター関係のコレクションが豊富で、民間企業が経営する美術館ならではの企画や展示を提供し続けてきた。『レイモン・サビニャック展』や『ガンダム展』など決して派手ではないが記憶に残る展覧会が幾つもある。また五階の展示室から四階の展示室へと移動する際に通る展望ギャラリーから見える景色は本当に綺麗で、通天閣から眺める大阪の街や秋の御堂筋と共に筆者にとっては大阪の好きな景色の一つである。
冒頭で述べたように物事には終わりがあり、今回の件に関してもとり立てて非難するつもりはないが、少なくともサントリーミュージアムの本来の意味や目的については問い直す必要があろう。その意味でも是非『ウィーン世紀末展』に足を運んでもらいたい。来館者の多い美術館や博物館すなわち作品鑑賞には全く適さない環境を提供する美術館や博物館だけが生き残っていくような状況にならないよう、美術館・博物館の在り方について皆で考えていける日がいつか来ることを願っている。

text:吉田卓爾

(注1)『クリムト、シーレ ウィーン世紀末展』(展覧会図録) 読売新聞東京本社、2009年。34頁。
(注2)同上。187頁。189頁。
(注3)同上。187頁。


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