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実物のリアリティと象徴性《武器をアートに―モザンビークにおける平和構築 レビュー》

2013 年 8 月 28 日 2,614 views No Comment

「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(「イザヤ書」2章4節)

アフリカ南東部に位置するモザンビークは1975年にポルトガルから独立した。しかし、その翌年から政権政党と反政府組織の間で内戦が始まり、この戦争は1992年に和平協定が結ばれるまで17年間にわたって続いた。92年に内戦は終結したものの、戦いによって生じた住民同士の間の亀裂は容易に解消されはしない。また民間には大量の武器が残されており、内戦終結後もいつ再び戦争が始まるかわからない、と危惧されていた。

TAE「銃を鍬に」プロジェクトは、この大量の銃器を農具や自転車などと交換することで回収し、武装解除を進めるというものである。このプロジェクトは現在、モザンビーク・キリスト教評議会が中心となり、警察・軍隊と協力しつつ民間人やアーティストたちの手によって進められている。1995年に始められたこのプロジェクトによって、2012 年までに80万丁余りの武器が回収されているという。

本展で展示されているのは、このプロジェクトによって回収された武器の部品を用いてフィエル•ドス•サントスとケスターの二人の作家が制作した彫刻作品である。作品のモチーフは、ギター奏者、ダンサー、パンを焼く人、本を読む人といった人物もあれば、鳥やトカゲ、恐竜といった動物もある。これらの他、銃でできた実際に座れるサイズの椅子も出展されている。人物や動物の作品は、それ自体は一見百鬼夜行絵巻などに登場する器物の妖怪付喪神のようで、ユーモラスな姿形のものも多い。しかし、遠目に見ればユーモラスではあっても、近づいてよく見ればそれを形成しているのは銃のグリップであったり、銃身であったり、弾倉であったりと、それぞれ銃の一部であることが確認できる。そしてそれらはいずれも古びていたり傷ついていたりと、かつて確かに戦闘で使用されていたものであることが生々しく伝わってくる。それらの銃はおそらく当時戦場で人を殺害しており、その持ち主もあるいは命を落としているかもしれないのだ。実際に使用された武器を用いて制作を行うことは、一般的な「リサイクル」とは全く次元の異なる重みをもつ。一度それらの作品が銃の部品でできていることに気付いてしまうと、もはや作品自体のフォルムにはまともに注意が向かなくなってしまいそうなほどに、その事実は衝撃的だ。

サントスはTAEプロジェクトと武器を用いた作品について次のように述べる。「このプロジェクトは自分にとっても人びとにとっても何か役に立つことができると思った。たとえば頭の中を入れ替えるとか」「人びとにもう戦争なんていらない、もう武器なんて必要ない、ということを作品で示そうと思ったのです」。またケスターは「人を殺してきた武器を、命の重要性を訴える作品に変えることは、命を取り戻すことと考えている」という。内戦中は国内のあらゆる所で戦闘が繰り広げられていたため、この二人の家族もやはりその被害を受けている。家族の中のある者は誘拐されて兵士として徴用され、またある者は兵士に殺害された。

銃で制作される彫刻作品は、それまで持っていた銃という破壊の道具を農具のような生産の道具に持ち替えて、戦争のない新たな生活を作っていこうというTAEプロジェクトの目的を象徴的に表している。戦争の犠牲になった者を思いながら、武器を用いて作品を制作することで生き残った自分たちの戦時とは違う新たな生き方を示していく。彼らにとってこの制作活動は死者への一種の弔いの過程なのかもしれない。もちろんこれらの作品で命の大切さを訴えたからといって実際には犠牲になった者の命自体は取り返すことはできない。しかし犠牲者の記憶を留めつつ未来への姿勢を示すのにこれほどリアリティと象徴性をもった作品もなかなかないだろう。火薬を用いた作品で有名な蔡國強も創造と破壊や戦争といった問題をたびたび扱うが、彼は次のように言う。「アートは本物でないほうがいいです。たとえば、本当に自殺したり爆発したりしたらアートではないじゃないですか。やっぱり、アートが面白いのは、本物ではないんだけれども、どこか本質をみているように思えること」。しかし、これらの銃でできた作品は「本物」であることが最大の意義であるといっていいだろう。もちろん蔡とサントスやケスターではその立ち位置もよって立つ価値観も異なるであろうから単純な比較はできないのだが。

本展の目玉は《いのちの輪だち》という自転車に乗る家族を表現した作品である。この作品は、本展の会場である国立民族学博物館に収蔵するために本展企画者の吉田憲司がサントスとケスターの二人に制作を依頼したものだ。自転車に乗る家族というモチーフは、武器と交換するための中古自転車を日本からモザンビークへと送るというNPO法人「えひめグローバルネットワーク」の活動にちなんでいる。えひめグローバルネットワークはこの他にもモザンビーク現地の学校での自転車修繕のワークショップや裁縫のトレーニングといった活動も実施している。この《いのちの輪だち》についてケスターは「この作品はモザンビークの社会、モザンビークの人たち、そして日本の皆さんに平和のメッセージを届ける上でとても有効な回路になるものだと思います」と語る。なお武器を回収して平和を祈るモニュメントを作るという活動はTAEプロジェクトをモデルにして、南スーダンやカンボジアでも行われており、今やモザンビークは「平和の輸出国」になっているという。

TAEプロジェクトやえひめグローバルネットワークのこれらの活動はポジティブな国際関係であるが、一方で国際的な影響関係にはネガティブなものもある。それはつまり、国際的な武器売買である。TAEプロジェクトによって回収された武器を見てみれば、最も多い旧ソ連製のAK47に始まり、いずれの武器も中国、ポーランド、北朝鮮、ポルトガル、アメリカなどアフリカ以外の地域で製造されたものであることがわかる。モザンビークの人々を殺傷したのは全て外国の武器だったのだ。TAEプロジェクトは現在もこれらの武器の回収を続けているが、内戦でモザンビークに残された武器は数百万丁にのぼると推定されており、依然として大量の武器が回収されずにいる。プロジェクトはまだまだその途上なのだ。

企画者は「平和構築に向けてアートはどのような力をもっているのか、また、平和な世界を築くために私たちにいま何ができるのか」と問いかける。少なくとも上記の例から言えるのは、モザンビークは地理的には遠く離れた国ではあるが、その現地の状況に対して我々は無関係でも無力でもない、ということである。


text:佐々木玄太郎


『武器をアートに―モザンビークにおける平和構築』の展覧会情報はコチラ


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