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驚異の高精細写真が語ること 《アンドレアス・グルスキー展 レビュー》

2013 年 7 月 29 日 8,805 views No Comment

その写真は横幅なんと5メートル、大きさといい解像度といい驚異に満ちている。タイトルは《フランクフルト》。ドイツのフランクフルト空港の待合室を俯瞰で捉えた写真だ。写っているのはフライトの発着案内の電光掲示板と、そこで待つ旅行者たち。会場で写真を眺めたとき、あたかも大きな窓から空港の待合室を見下ろしているかのような錯覚すら覚える。細かい部分に眼をやると、小さな電光掲示板の文字や大勢の人々の表情までもが手に取るようにわかる。全体と部分の両方から見事に被写体を写し取っているのだ。

今、東京の国立新美術館でドイツの現代写真家アンドレアス・グルスキーの大規模な個展が開かれている。展示されているのは1980年代の初期の作品から最近作まで65点。ビルなどの構造物や、人や家畜の群れ、山や川などの光景を驚くほどの大きさと高精細映像でとらえたものだ。

グルスキーの比較的初期の作品には風景写真が多い。その中の一枚、1989年の《ルール渓谷》。渓谷と言っても私たちが想像する緑滴る森や川、雲がわき霧がたちこめる写真ではない。画面の中央を巨大な高速道路の橋脚が横切り、その下の土手のような草原を一人の人が散歩をするという一風変わった構図の風景写真だ。

しかしよく見ると、奇妙な点がいくつかある。空には雲一つなく、一面灰色でプラスティックの平板な板を眺めているかのようだ。そこには風が吹くでもなく、空気の存在すらも希薄だ。さらに奇妙なのは巨大な構造物の陰がないことだ。陰がないので光がどの方角からさしているかわからない。橋の下を歩く一人の男。小さく写っているが、何かを背負っていることがわかる。いったいこの男は何者でどこへ行くのか。実に不思議な感覚にとらわれる。

美しいと言われる風景写真の多くは早朝や夕方の横からさす光と、それによって生まれる陰影を効果的に活かしたものというのが常識だ。しかしグルスキーの風景写真はそうした常識を無視しているかのようだ。

1995年の《エンガディン地方》という横幅3メートル50センチという巨大な写真もまた大気の存在と陰影を消し去った作品だ。広大な雪原とその向うにそびえる雪山。雪原にはおそらくスキーを楽しむ人たちだろうか、数百人の人が一列になって歩いている。まさに蟻の行列だ。

真っ青な空には雲一つない。山の陰も人の陰もなく、画面一杯に光が充満している。点のように小さく写っている人間一人一人はその数がわかるほどすべてにピントが合っている。近景も遠景も驚くほどの解像度で写されているのだ。

これらの写真に共通するのは全体と部分の両方を一枚の作品で見せているという点だ。現代社会や自然の全体像を見ると同時に、そこに写っている人間などごく小さなものも個別に識別するという二重の視点が貫かれている。

グルスキーは1955年生まれ。ドイツの現代写真に大きな足跡を残したデュッセルドルフ芸術アカデミーのベルント&ヒラ・ベッヒャー夫妻のもとで写真を学んだ。
当時ベッヒャー夫妻が取り組んでいたのが、「タイポロジー」すなわち類型学を使って写真作品を制作することだった。何の変哲もないガスタンクや溶鉱炉といった産業施設を白黒写真で同じ角度から撮影し、グリッド状に並べたものだ。全体として眺めるとそれは歴史的建造物の標本であり、個別に見ると一つ一つの記録という見方もできる。

巨視的でなおかつ微視的な視点の両方を併せ持ったグルスキーの写真の誕生には、実はこうしたタイポロジーと呼ばれる技法のもとに制作されたドイツの現代写真が大きく影響しているという。

北朝鮮のピョンヤンで開かれたマスゲーム大会の様子をとらえた横3メートル、縦2メートル余りの《ピョンヤン》という作品。写っているのは2007年にグルスキー自らが北朝鮮に赴き、大判のカメラで捉えた年に一度開かれるお祭り「アリラン」だ。

手前に映る小さな赤い点は造花をもって踊る数千人の少女たち。真ん中には大きな地球のような球体があり、その向うの舞台にはセットの山並みが見える。全体を眺めればそれはあたかも一枚の絨毯を真上から見ているかのような錯覚に陥るほどだ。

しかし近寄ってよく見ると隅から隅までピントが合っている写真からは、踊っている少女一人一人の表情さえもが伝わってくる。全体で眺めれば人間一人一人の個性はまったく無視されているが、写っているのは紛れもなく個性を持った人間たちなのだ。

見るものを圧倒する巨大な画面、驚くべき高精細画像。こうしたインパクトをさらに強調しているのがデジタル技術を駆使していることだ。異なったアングルから被写体を複数の大判カメラで撮影。現像したネガをスキャナーで読み取ってつなぎ合わせ、一枚の画像を造るという独自の技法が使われているのだ。

こうして造られた最初の作品がパリの巨大なアパートを撮影した横4メートルをこす大作《パリ・モンパルナス》だ。隅から隅までピントが合い、少し離れた位置から眺めた写真は、それが写真ではなく絵を見ているような印象すら覚える。

実はこの写真、2つの撮影ポイントから写された2台のカメラによる映像をつなぎわせたものだという。こうすることで鉄筋コンクリート造りのアパートの全体像がクリヤーに捉えられると同時に、様々な色のカーテンで彩られた無数ともいえる窓から見える住人一人一人の生活もまた垣間見ることもできるのだ。

グルスキーは日本にも何回か足を運んでいる。《東京証券取引所》や《カミオカンデ》はその代表的な作品だが、明らかに映像の合成を感じさせるものの一つが、2004年に撮影された《福山》と題された一枚だ。

写っているのは丘の斜面を覆い尽くすように広がった牛舎だ。段々状に作られた牛舎は、細かく仕切られ、一つの一つの牛舎には5から6頭ほどの牛が飼われている。写っている牛1000頭以上の一頭一頭すべてにピントが合い、どのような模様の牛がどのような姿勢でいるのか手にとるようによくわかる。

しかしこの写真、実際に作品に近づきよく見るといくつかの不思議なことに気付く。その一つが同じ牛舎の映像が繰り返し出てくるのだ。さらに屋根の見え方が上の半分は真横から見ているのに対して、下の半分は少々俯瞰気味に撮影されている。複数の場所から撮影した映像を合成し、一枚の写真を作るという技法がこの写真でも使われているのである。

最近グルスキーは新たな映像表現へと挑戦を始めている。2011年に撮影された《バンコク》と呼ばれるシリーズ作品だ。写っているのはバンコク市内を流れるチャオプラヤー川の川面だ。離れて見ているとゆらゆらときらめく水面のアップが印象的で、抽象絵画を見ているような感じすら与える作品だ。

しかしよく見ると実はそのきらめきは工場などから流れ出た油に光が反射してできたものであり、タイヤやプラスティックのボトルなどおびただしい数のごみが浮いていることに気付く。全体としては美しい光景に潜む、現代文明が残した爪痕。ここでは明らかにグルスキーの写真が現代の大量消費文化への警鐘を鳴らしている。

今回の展覧会、作者自らがキュレーションを行っているということも見逃せない点の一つだ。図録や入り口で配られる作品リストは撮影年代順に紹介されているが、休憩室を挟んで大きく2つに分かれる展示室にはこれとはまったく異なる順番で作品が並べられている。初期の作品と新作、あるいは大小様々な作品がいくつもの空間に並置されるというユニークなものだ。

無数の柵で区切られた広大な牧場で飼育される牛を俯瞰で撮影した《グリーリー》。そしてそのすぐ隣に展示されているのがロサンゼルス郊外のいわば100円ショップの店内を撮影した《99セント》。

写っているのは両方とも私たちの日常を取り囲むが夥しい数の消費物資だ。そしてこの2枚の大きな写真の手前にあるのが小さな一枚1993年の作品《メットマン・高速道路》。山の斜面の牧場に放たれた数頭の牛を、高速道路の防音用の柵越しに眺めた写真だ。

3枚の写真を一つの空間で見せる意味。そこには現代社会を批判的に見せようという意識が強く感じられる。展示室全体で一つのメッセージを伝えようというグルスキーのキュレーションの妙を感じることも今回の展覧会の楽しみ方の一つだろう。

今からおよそ200年前に登場した写真という表現技法の特徴は、鮮明な画像で「決定的瞬間」をとらえるということだ。しかし一時期こうした写真の鮮明な画像に対する反抗期のような時期があった。現実を表現するためにあえてピントをずらし、荒れて、ぶれてぼけた写真をとる手法である。

今この流れに新たな撮影技法が再び加わろうとしている。隅から隅までピントのあった人間の識別能力をはるかに超える高解像度で撮影された大型写真の登場だ。アンドレアス・グルスキーの巨大で高精細な写真もまたそうした流れの中のひとつだろう。

それは全体と部分という2重の視点で物事を見なければ真実の姿が見えてこないという現代社会の特質とも深く関係しているのではなかろうか。現実を超えた精緻な目線で社会や自然を切り取り提示するという表現は、現代社会の仕組みや構造とどこかで深く結びついているのかもしれない。

参考文献:展覧会図録 


text:小平信行


『ANDREAS GURSKY | アンドレアス・グルスキー展』の展覧会情報はコチラ


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