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日曜写真家の創造力 《マリオ・ジャコメッリ 写真展 レビュー》

2013 年 4 月 30 日 2,038 views No Comment

日曜画家ならぬ日曜写真家と呼ばれる人がいる。土曜と日曜に写真をとり、その晩に現像や焼きつけなどの暗室作業をして写真を制作する人たちのことだ。

イタリアの北部の街セニッガリアに生まれ、主に日常の身の回りのものを撮影し続けた写真家マリオ・ジャコメッリ。日曜画家が週末に絵筆をふるうように、ジャコメッリもまた週末にカメラを持って街で撮影し、日曜の夜、暗室で自分のイメージを印画紙に焼き付けるいわば日曜写真家だったと言われているのだ。

雪の中で楽しげに舞う黒装束の神父たち、ホスピスで捉えた老人の苦痛に満ちた表情、俯瞰で眺めた畑や森に残された人間の痕跡・・・・。白黒の強烈なコントラスト、荒れた粒子、二重露光などを駆使したジャコメッリの白と黒の不思議なイメージの世界が多くの現代人を惹きつけている。

今、東京都写真美術館で開催中の『マリオ・ジャコメッリ 写真展 THE BLACK IS WAITING FOR THE WHITE』では215点の写真を通してジャコメッリならではの世界を堪能できる。

ジャコメッリの写真は欧米では1980年以降何度か紹介され高い評価を受けてきた。日本で紹介されたのは意外に遅く、今から5年ほど前の2008年日本での最初の回顧展が開かれ時だったという。それ以降ジャコメッリの写真については日本でも多くの人が様々に語ってきた。グラフィックデザイナーの伊勢功治氏もその一人だ。

「このセニッガリアのような小さな世界に身を置きながら人は果たして創造的な人間として自分を維持できるのだろうか。保守的な環境、風土の中で窒息することはないのだろうか。」(「写真の孤独」より)

マリオ・ジャコメッリは1925年生まれ、生涯のほとんどをセニッガリアで過ごした。幼くして父親を失い、母親の手で育てられたジャコメッリは小学校を卒業すると同時に地元の印刷工場で働きながら家計を支えた。

最初に写真を発表したのは1953年、23歳の時だった。それまでも印刷工として働きながら触れていた写真に興味を持ち、自ら独学で写真を学んだのだという。

今回の展覧会で最初に出会うのが、初期の作品の一つ「上陸」だ。セニガッリアの海岸で撮影されたというその一枚の写真は、その後のジャコメッリの独特の写真表現を象徴するユニークな作品だ。

砂浜に打ち寄せる波の動き撮影したものだが、やや長めに露光したのであろうか、画面の多くを波頭のアップが占めている。

ジャコメッリ独特の荒い粒子が目立つこの一枚の写真を前に、多くの人はどこに注目してよいか一瞬とまどうに違いない。しかし写真家としてはじめて発表した写真が波打ち際の波のアップであり、写っているのは特別な現象でもなんでもない、はかない一瞬の自然の造形だということは、その後のジャコメッリの写真を占うものとして重要なヒントを暗示しているかのようでもある。

今回の展覧会では初期の作品を除いて、そのほとんどが組写真である。多いものでは30点以上の作品もあり、中には撮影期間が十年以上に及ぶものもある。

そうした組写真のひとつ32点で構成される「風景」。1960年代から始まり、晩年まで撮影は続いた。写っているのはジャコメッリが過ごしていたセニガッリアの街の郊外に広がる畑や森の風景だ。高いところから俯瞰でとらえた写真は、自然の風景というよりもどちらかというと大地をキャンバスにみたて、白と黒の線で構成された抽象絵画のようだ。ピカソやクレーなどの絵画にも影響を受けていたというジャコメッリだが、人間が自然に対して機械によって残した痕跡を絵画的にとらえようとしていたようにも見える。

さらにジャコメッリの作品を印象深いものにしているのが詩の世界だ。例えば黒い装束の神学生が手をつなぎ雪の中を舞う組写真のタイトルは「私には自分の顔を愛撫してくれる手がない」という不思議なものだ。数十人の神学生の踊る姿を俯瞰でとらえた一枚といい、神学生の楽しそうな表情が読み取れる一枚といい、デザイン性にも優れた現代的なセンスにあふれる作品だが、この不思議なタイトルを見たとたん写真から受ける印象は大きく変わる。

元々は「若き神父たち」といったごく当たり前のタイトルが付けられていた。しかしジャコメッリは同じイタリア北部出身の詩人ダビデ・トウロルッドの処女詩集に出会いその冒頭の部分をこの作品のタイトルにしたのだという。

ジャコメッリが言いたかったのは、ただ単に楽しそうな神学生のふるまいを写したのではなく、そこには彼らが生涯カトリック教徒として生きていかなければならない何か宿命のようなものを背負っていることを表現したかったのではなかろうか。

映像と言葉という二つの表現が巧みに一つの作品に融合し、ジャコメッリの独自の映像の世界を醸し出している。ジャコメッリの中ではおそらく写真で捉えたイメージと、詩から得られたインスピレーションがどこかで密接につながっていたに違いない。

ジャコメッリは詩に対して次のように述べている。
「私はリアリストであると感じながらも、詩が凡庸な日常性の枠から抜け出すことのできる言葉なのだと考えている。空間はもう単調ではなく、私が常に同じように見ていたものの、私の街のいつもの通りや人々が、詩に思いを巡らせるとすっかり一変してしまうように思われる。新たな世界の体験に私を取り込み、心象の領域での生を私に与えてくれるこの希有な出来事のすべてを詩は知っているのだ。」

詩や絵画から様々なインスピレーションを得て、また新たな写真が誕生する。こうした循環の中からあの独特の写真が生み出されていたのだ。
ジャコメッリは初期においてこそリアリズム感あふれる写真をとっていたが、後期になると、自らの心の中をのぞきこむような心象風景とでもいえる作品が増えてくる。

今回の展覧会では前期の作品を一列に並べて展示しているのに対して、後期の作品を会場の壁一面にかけて紹介している。

1980年から90年頃にかけて撮影された組写真に「詩のために」という作品がある。33点の写真から構成される作品だが、崩れた建物の壁やひび割れた地表、割れた窓ガラスなど人間が自然や大地に残した痕跡をあたかも紋様として表現しているかのような不思議な作品だ。

ジャコメッリはこの作品について「人間の精神は詩の中にある」という言葉を残しているが、まさに詩から得たインスピレーションを映像の世界に置き換えたようだ。一枚一枚を見るのではなく、少し離れて33枚の写真全体を一つの作品として見ることで作者のメッセージが伝わってくるようにも感じられる。

死の直前に撮影された「帰還」という16枚の写真も、晩年に制作された心象風景と言ってよい作品のひとつだ。ジャコメッリならではの白と黒のモノトーンの写真に写っているのは、ありふれた街角や、自画像のような男の姿、白い壁の前の黒い犬、風化してひび割れた壁など、どこにでもありそうな光景だ。しかしそれらは現像や焼き付けによって大きく加工され、現実の世界とは思えない見るものを夢の世界に誘うような不思議さに満ちている。そしてジャコメッリは次の言葉を残している。
「私にとって写真ほど良い薬はない。私がスタジオに入るとたくさんのイメージを見る。そしてその記憶を語りたい。」

晩年のこうした作品を見ていると、撮影という行為と同じように、自らのイメージを印画紙に焼き付ける暗室での作業もまた彼にとって大切な創造の現場であったのではないかということだ。あの赤い電球がともり、現像液の匂いがたちこめる暗室での作業にジャコメッリは限りない創造の面白さを見出していたのかもしれない。

生涯のほとんどをセニッガリアという小さな町で過ごし見る者に強烈な印象を残すジャコメッリの写真。創作の秘密はいったいどこにあったのだろうか。そのヒントはキュレーターで作家でもあるアリステア・クロフォードの次の文章に込められている。
「狭い社会に生き続け、有名になりたいという欲望もなく、旅行の招待を避け、賞を避け、イタリアの他の都市にも行かず・・・人が見たいとも思わず、買いたいとも思わない写真を撮って過ごした・・・そして結果的にはこの日曜写真家が20世紀に登場したもっとも重要なイタリア人写真家になった。」(図録より)

おびただしい数の映像、あふれかえる情報の洪水。常に流行を追い求め、新しい刺激を求め世界中を奔走する現代人。私たちはこうした流れに乗っていなければ創造はできないかのようだ。

しかしジャコメッリが残した写真やその生き方を知ると、変化の激しい現代文明はどこかで私たちから創造する力を奪っているのではないかという思いもしてくるのである。

参考文献:「写真の孤独」伊勢功治著 青弓社、展覧会図録「マリオ・ジャコメッリ 黒と白の往還の果てに」青幻社


text:小平信行


『マリオ・ジャコメッリ 写真展 THE BLACK IS WAITING FOR THE WHITE』の展覧会情報はコチラ


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