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自然と創造 《フィンランドのくらしとデザイン―ムーミンが住む森の生活展  レビュー》

2013 年 1 月 29 日 2,452 views No Comment

昨年の4月に始まり、一年をかけて日本各地を巡回してきた『フィンランドのくらしとデザイン展』の最後を飾る展示が兵庫県立美術館で開催されている。フィンランドに関連した展覧会としては日本初となる大規模展であり、会場では美術、建築、デザインといった各分野において近現代のフィンランドを代表する作品、約350点が展示されている。本邦初公開となる作品の中には「ムーミン」の作者として知られるトーヴェ・ヤンソンの貴重な油彩画なども含まれており、見どころの1つになっている。

また今回の展覧会で貸し出ししている音声案内のナレーターには、テレビアニメ「楽しいムーミン一家」でムーミン役を務めた高山みなみさんが抜擢されている。通常の作品解説の合間に突然ムーミンがしゃべり出すという演出は、なかなか新鮮であった。


フィンランドには、氷河に削られてできた湖や沼が18万以上存在し、また国土の約73パーセントが森林によって占められている。さらに標高が1,400メートルを超えるような山が存在せず、それ故に「森と湖の国」と呼ばれている。そういった風土に囲まれたせいもあってか、フィンランド出身の画家の多くは風景画家として知られている。会場に入ってまず最初に展示されているのが、自国の豊かで厳しい自然を描いた画家達の作品群である。

エーロ・ヤルネフェルトの《スオミの風景》では、前景に国樹である白樺や松などの樹木、倒木、巨石、後景には遠方まで続く平らな緑地と広大な湖といった典型的なフィンランドの風景が描かれている。作名にある「スオミ(Suomi)」とはフィンランド人の自称であり、また国土全体を指す言葉としてフィンランド語による正式国名「スオメン・タサヴァルタ(Suomen tasavalta)」にも取り入れられている。その語源ははっきりしていないが、一説には「湖沼」を意味する「suo」に由来するとも言われている。

もう1つ、フィンランドの風景画を特徴付けるものに雪景色がある。1900年にパリ万博が開催された際、フィンランド絵画として出品された作品の半数には雪のある風景が描かれていた。母国の雪景色は当時の画家達が世界に発信しようとした、最もフィンランド的な風景であった。1900年から1915年に制作されたベッカ・ハロネンの《冬》《冬景色》《冬の松》といった一連の作品では、いずれも縦長の画面一杯に雪の積もった松やモミの木が描かれている。枝先まですっぽりと雪で覆われた部分の細部描写は省かれ、丸みのある抽象的な形で表現されている。画面全体に広がる白を基調とする色彩構成は、見る人に神秘的な雰囲気だけではなく、長い冬の厳しさも感じさせる。ハロネンは雪景色を描く際に、どのような極寒の下であっても家の外で制作したと言われているが、こうした過剰とも思える自然に対する姿勢が作品に崇高さや禁欲的な印象を与えているのかもしれない。

一方、そういった雪景色を描いたものとは対照的な作品も会場に展示されている。アンティ・ファヴェンの《夏至祭の踊り》も、そのうちの1点である。画面上では一本の橋の上に大勢の村人が集まり、賑やかに踊っている様子が描かれている。また画面奥にある森の木々の間からは僅かに太陽の光が漏れて見えている。この作品に見られるように、フィンランドでは一年で最も昼間が長くなる夏至の日「ユハンヌス(Juhannus)」は古くから特別な日であり、各地で祭典が催される。《夏至祭の踊り》では湖が描かれていないために確認できないが、当日は「コッコ(Kokko)」と呼ばれる焚火を湖の畔で燃やす伝統行事が行われ、人々はその周囲で一晩中飲み食いしたり、踊ったりして夏至を祝う。

ところで、夏であれ冬であれフィンランドでの生活に欠かせないものに「サウナ(sauna)」がある。サウナはフィンランドが発祥の地と言われており、一般家庭への普及率は日本の家庭における風呂と同じくらいとされている。かつては出産や死者との別れの場としても使用されており、各家庭における重要性では日本の風呂以上であったとも言える。アクセリ・ガレン=カレラの《サウナの外で》では、サウナ小屋の外にあるベンチに1人の男性が一糸まとわぬ姿で腰掛けて涼んでいる。フィンランドではサウナに入った際に白樺の若い枝葉で体を叩いたりするが、これには白樺の香りでリラックスしつつ、発汗を促して血行を良くする効果があると言われている。また人に取り憑いた悪魔などを追い払うといった精神的な意味も込められていた。《サウナの外で》に描かれた男性の周囲をよく見ると、枝葉の束らしきものがしっかりと表現されていることが確認できる。フィンランドの芸術家たちは、自国の自然やそこでの生活の在り方を自らの創作の糧としてきた。


フィンランドは「フィン人の国」という意味を持ち、国民の約95パーセントがこのフィン人によって占められている。残りの数パーセントは、スウェーデン人と北方の少数民族であるサーメ人によって構成されている 。しかし、実際にフィン人による独立国家が成立したのは、今のフィンランド共和国になってからであり、その歴史は100年にも満たない。フィンランドの地は長い間、隣国のスウェーデンやロシアといった大国の支配下にあった。19世紀に入り、ヨーロッパの各地で近代化と民主化の動きが活発になると、当時ロシア帝国の1領地に組み込まれていたフィンランドでも独立への気運が高まった。

フィンランドの人々が独自の民族意識を形成していったきっかけとしては、フィンランド語の公用語化と、それによって書かれた民族叙事詩「カレワラ(Kalevala)」の存在が挙げられる。「英雄の地」という意味を持つカレワラは、フィンランドの各地に古くから伝わる神話や詩歌、民話を医師のエリアス・リョンロートが収集、編集したものであり、 フィンランドという国の成り立ち、登場人物たちが知識を求めて冒険をする物語、人々の生活や喜怒哀楽といった内容が美しいフィンランド語で表現されている。1835年に出版されたカレワラは瞬く間に人々に受け入れられ、感動を与えると共に民族としての誇りを抱かせた。

1890年代にはこのカレワラによって創作意欲を刺激された芸術家たちの手により、多種多様な作品が制作された。《サウナの外で》を描いたアクセリ・ガレン=カレラ、建築家のエリエル・サーリネン、音楽家のジャン・シベリウスなどが代表的な作家として挙げられる。

カレワラがフィンランド国内における芸術文化運動の中心となって以来、画家たちはその内容を絵画の中に表現しようと試み続けた。中でもガレン=カレラが発展させたカレワラの表象は後世の画家達にとって、1つの規準になったとされている。1890年に描かれたカレワラの第五章の一場面、《ヴァイナミョイネンとアイノ》ではフィンランド絵画に特徴的な湖畔の風景の中に、主人公ヴァイナミョイネンの手から逃げようとする女性アイノの姿がロマン主義絵画を思わせる筆致で描かれている。ヴァイナミョイネンとの結婚を拒んだアイノは海に身を投げ、魚に姿を変えた。アイノを海で捜していたヴァイナミョイネンは1匹の魚を釣り上げ、それを調理しようとした。その瞬間、魚はアイノの姿となり、ヴァイナミョイネンの手を逃れて再び戻ることはなかった、という場面がここでは描かれている。絵の周囲に施された木彫の額もまた彼の作品であり、画面の外側までをも含めたこだわりがうかがえる。

建築家のエリエル・サーリネンは、先述のパリ万国博覧会において1917年のフィンランド独立宣言に先立つかたちで自国のパヴィリオンを設計し、ロシア帝国の一部であることに抵抗する姿勢を示したことで知られている。フィンランドの首都ヘルシンキには今なおサーリネンが手掛けた建築物がいくつも現存している。会場ではそれら建築物の設計図の他、彼がデザインした事務椅子や小切手も展示され、幅広くも繊細な仕事ぶりを伝えている。

ムーミンの生みの親として日本では童話作家のイメージが強いトーヴェ・ヤンソンもまた画家や風刺作家として幅広く活動していたことが、今回の展示の中で紹介されている。北欧神話に登場する冥府の番犬の名に由来する政治風刺雑誌「ガルム」に、初めてトーヴェの挿絵が掲載されたのは1929年で、彼女が15歳の時であった。その後、時代の流れとともに彼女の描く挿絵の内容は、フィンランド国内の対立からソ連との関係、第二次世界大戦へと変化していったが、同時に彼女は戦時下における日常生活の様子も描き続けた。ムーミンの原形となる生き物たちはそういった挿絵の中から生まれた。1951年の《月夜の密造酒づくり》は終戦後の酒規制が敷かれる中、密造酒で宴会をする人々の様子を描いたものだが、画面左隅にはグラスを持ち、人々に混じって踊るムーミントロールの姿を見ることができる。戦争の後、ムーミンは次第に政治的な主題から離れ、独立したキャラクターとして物語に登場し始める。《月夜の密造酒づくり》は、まさにその過渡期を示した作品と言える。


会場中程からはフィンランドのモダンデザインを代表する各ブランドによる家具類や衣類、食器類が紹介されている。いずれも冬の長い時間を屋内で過ごし、インテリアや日用品に対するこだわりの人一倍強いフィンランドの人々が求めたデザインだけあって、どれもシンプルな美しさの中に機能性が感じられる。展示されている製品のうちの何点かは、フィンランドからの直輸入品としてミュージアムショップでも販売を行っている。もし会場で気に入ったものがあった時には、ショップでじっくり探してみてはいかがだろうか。

参考文献:展覧会図録
   

text:上田祥悟

『フィンランドのくらしとデザイン―ムーミンが住む森の生活展』の展覧会情報はコチラ


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