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黒い人影は誰なのか 《生誕100年 松本竣介展  レビュー》

2012 年 12 月 28 日 3,023 views No Comment

自分の部屋に飾りたいと思う絵はそう簡単に見つかるものではない。うれしい時も悲しい時も毎日向き合うことを考えると 絵の題材はもちろん色合いや全体の雰囲気など慎重になってしまうものだ。

しかしそんな思いが吹っ切れたような思いにさせられる絵に出会った。都会のどこにでもありそうな光景を描いた静けさのただよう一枚の風景画だ。

その絵のタイトルは《Y市の橋》。運河の上にかかる橋、ちょっと特別な形をした橋の欄干、橋の向こうには石づくりの大きな建物。あたりは静寂に満ちている。どこか遠い異国の街にさまよいこんだような不思議な魅力に満ちている。

この絵の魅力を一層引き立てるのは、ぽつんと橋の上に一人たたずむ「黒い人影」だ。シルクハットの帽子らしきものをかぶり、どこか遠いところを眺めているような後姿の男のシルエット。「黒い人影」は小さいが不思議な存在感がある。

絵の作者は大正から昭和にかけて日本の洋画界に足跡を残した松本竣介だ。子供のころ聴覚を失い、わずか36歳で世を去った夭折の画家 松本竣介の風景画は「音のない風景画」とも言われているほど静けさに満ちている。

その松本が30才頃からわずか3年ほどの間に描いた絵にだけ「黒い人影」が登場する。人々のざわめきも当時あたり前にあったであろう荷車もすべてが消えた静寂の街に、ぽつんと描かれる小さな人影。歩く姿もあれば、何か遠くを見つめて立ち続けるもの人影もある。それはいったい誰なのか、そして何を意味するのか。

2013年1月14日まで東京の世田谷美術館で松本竣介の回顧展が開催されている。生まれたのが1912年、2012年で生誕100年になるのを記念して全国各地で開かれた巡回展の最後の展覧会だ。

今回の展覧会の特徴は油彩画やデッサンを「前期」(1927年から41年頃)と「後期」(1940年頃から47年)にわけて展示していることだ。そして冒頭に紹介した「黒い人影」はなぜか「後期」にあたる1941年から1944年頃の絵にしか登場しない。

松本竣介が本格的に画家としてのスタートをきったのは1935年に開催された第22回の二科展に入選した「建物」という絵だといわれている。

岩手で育ち、上京したのは17歳の時だったが、当時の松本竣介にとって都会の風景は刺激的であり、特に建物には大きな関心を寄せていた。骨太の輪郭線で都会の建物を大胆に描いた絵はまるでルオーを思わせる画風だ。

この後、描かれるのが都会の風景を独特のタッチで描く連作だ。「郊外」と呼ばれるシリーズからは、あの太い線は消え郊外の風景が青い絵具で平面的に描かれる。青い色彩は透明感があり見ていて実にすがすがしい。当時松本が住んでいた新宿の下落合周辺を描いたものだというが、現在のこのあたりの風景とは思えないほど緑豊かな牧歌的な雰囲気を感じさせる。対象を半ば抽象的にとらえており、その画風はどこかヨーロッパの現代絵画を思い起こさせる。

さらにモンタージュを多用した松本竣介「前期」の集大成ともいえる「街」シリーズが登場する。代表作とされる100号の大作《街》。画面中央には都会的な女性が、そしてその背景には線で細かく描かれた家並が連なり、ところどころに人物像が浮かび上がっている。イメージの重なり合いが幻想的な雰囲気を醸し出しており、夢にでてくるようなシーンを見るかのようである。このシリーズには「都会」や「街にて」など他にも似たタッチの作品が多いが、どこかシャガールの絵を見ているようだ。

そして1940年から41年にかけて集中的に描かれた「構図」シリーズにおいては、抽象化された線と色合いからは、誰の目にもクレーやミロなどへの画家の憧憬の念が強く感じられる。

西洋絵画をどのように受容していくべきなのかという問いに、多くの日本人画家らが答えようとしていたこの時代、松本もまた短い時間ではあったが、その困難な問いに答えを出そうと必死だったことがうかがえるのである。

しかしこうした松本の絵画への姿勢も戦争によって断ち切られる。日中戦争から始まり昭和16年の太平洋戦争へと拡大していく戦争という過酷な時代へと巻き込まれていったのだ。

今回の展覧会でも「後期」とされる時代の絵に接すると、それまでとはまったく違った画風に変化していることに驚かされる。あのどこか夢を見ているような幻想的な雰囲気は消え、目の前に広がる東京のどこにでもありそうな光景が松本の題材になっていく。

冒頭に紹介した《Y市の橋》はまさにこうした時代を背景にして松本が繰り返し描いた風景だ。横浜の月見橋だといわれる橋の光景がよほど気に入っていたのか、松本は東京の中野の自宅から横浜へ4時間近くもかけてスケッチ帖一冊片手に通い詰め、デッサンを続けたのだ。

この時代、松本は横浜以外にも東京のお茶の水や五反田などで見かける都会の風景や建物をテーマに何枚もの作品に仕上げている。1943年に描かれた《並木道》もそうした一枚だ。ある人にいわせればそれは「素朴派のルソーを思わせる作品」だともいう。確かに松本の蔵書の中にはルソーの画集もあり、おそらく影響を受けていたにちがいない。聖橋へと向かう本郷通りだという解説も付けられているが、私には現実の風景というよりは松本の当時の心象風景のような気がしてならない。

現実にはありえないような急坂、歩道のわきにそびえる石造りの壁、歩道を行くたった一人の男のシルエット・・・。そうあの謎の「黒い人影」がこの絵にも登場するのである。

「黒い人影」がいったい何なのか議論を生み出した作品もある。1944年に描かれた《鉄橋付近》という2枚の油彩画だ。現在の山手線の五反田駅の近くを流れる川とその向うに見える工場の屋根を描いたというどこか物悲しい風景画だ。議論を呼んだのは工場の屋根の上に立つ黒い人影のようなものだ。時代が時代だけに「国家権力の体現者」すなわちあたりを警戒する兵士のようにも見え、あるいは屋根の上の換気口だという説もある。実際にこのような場所があったのかどうかは不明だが、松本の絵は見る人の想像力をおおいにかきたてる不思議な魅力をそなえている。

「黒い人影」が荷車を曳く男の姿となって現れる作品もある。国会議事堂の特徴のある建物が遠くに見える《議事堂のある風景》だ。手前には枯れた木立や煙突が描かれ、大きく曲がった道が議事堂の方向にのびているどこか荒涼とした雰囲気の風景画だ。大きな通りを、何故か議事堂には背を向けて荷車を曳く一人の男のシルエットが描かれている。この「黒い人影」に松本はいったいどんな思いを込めたのだろうか。

「黒い人影」は歩道を歩く人であったり、荷車曳く人であったり様々だが、私にとっては《Y市の橋》に登場する「黒い人影」は特に印象的だ。それは橋の上に立ち、遠く川面を眺めるようにたちつくす帽子をかぶった男の影だ。何を見ているのだろう、そして何を考えているのだろう。様々なことを想像させる。

松本竣介が「黒い人影」を絵に描きこむようになった時代は、多くの仲間が戦地へと、志し半ばで赴く中、松本がたった一人東京に残された時代とぴたりと重なる。

スケッチブックを片手に東京から横浜へと通う道すがら目にした光景を油彩画へと仕上げていった松本はもしかしたら、「黒い人影」として絵の中に自らの姿を描きこんだのではなかろうか。

岩手県立美術館長の原田光氏は松本の風景画の「前期」と「後期」の画風の急激な変化を「気迫の無用者が描いた東京画」と題して次のように語っている。
「1941年までの絵は・・・戦中とはいっても生活にまだ個人の裁量がきき、楽しみも喜びも存在したときのその都市の住人が見た街景である。41年以降個人は消えた。個人の自覚を奪われ、徴兵もされず会社勤めも持たないとすれば、竣介は一人の無用者にすぎない。」(「松本竣介 線と言葉」より)

その無用者の目に映った東京の風景。そこに登場した「黒い人影」は耳が聞こえないということで徴兵を免れ、たった一人戦火に焼かれていく日本を見ていなければならない松本竣介その人ではないかと思うのである。

昭和16年、ちょうど松本の絵が大きく変わったその年、軍部が若い芸術家に対して国策のために筆をとれ」といった言論統制を説く中、松本は「生きているが画家」という文章を発表し、精一杯の反論を試みている。
「今、沈黙することは賢い、けれど今ただ沈黙することが凡てにおいて正しい、のではないと信じる」(展覧会図録より)。

喧騒に満ちた都会を幻想的なタッチで描くことに夢中になっていた松本竣介は、自由にものを考え表現することのできなかった時代、孤独の中で一人静寂に満ちた街の絵を描いた。しかしただ沈黙することができなかった松本にとって絵の中で試みたのは「黒い人影」を描くことではなかったか。

《Y市の橋》という一枚の風景画に私が惹かれる理由。それはどこか異国情緒あふれる静けさに満ちた風景画に癒されるというばかりではない。そこに描かれた「黒い人影」に私は松本の孤独な姿と同時に、大都会に住む現代の私たちの等身大の姿をも見る思いがするからである。

もし仮に自分の部屋の壁にかけ、毎日《Y市の橋》を眺めたら・・・。どこか寂しげな「黒い人影」に自分の心の中の何かを語りかけたくなるようにも思うのである。

参考文献:松本竣介 線と言葉 コロナブックス 平凡社、展覧会図録ほか


text:小平信行


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