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漆の文化交流Ⅱ 《漆・うるわしの饗宴展 —世界の女性作家による漆表現の現在—  レビュー》

2012 年 10 月 30 日 2,435 views No Comment

二条城にほど近い京都市中京区の堀川御池にある京都市立芸術大学ギャラリー、通称「@KCUA(アクア)ギャラリー」は、西京区大枝沓掛町に本拠を構える同大学が京都市内における情報発信や文化交流の拠点とすべく、2010年に運営を開始したギャラリーである。大学の英語表記である「Kyoto City University of Arts」の頭文字をもじって、「@KCUA(アクア)」と呼ばれている。今年で開館3年目を迎えるギャラリーでは、様々な分野で活躍する作家を招いた展覧会や講演会、演奏会、研究会が盛んに行われている。そんな@KCUAギャラリーにおいて10月の6日から10月21日まで開催されていたのが、世界8カ国から総勢31名の女性漆芸家が参加した《漆・うるわしの饗宴展》である。

ウルシ科の樹木から採れる「漆」を使用する文化は、古来よりウルシの生育地である東アジアや東南アジアを中心に発展してきた。その一端については以前に大和文華館で行われた漆工展のレビューの中でも取り上げたことがある。しかし《漆・うるわしの饗宴展》が前回の漆工展と大きく異なるのは、現在世界各地で活躍する女性漆芸家達による漆工展である点であり、加えて漆文化の伝統のない欧米の作家達による作品も展示されている点である。今回の展覧会は、1999年に北京の中央工芸美術学院(現在の清華大学美術学院)にて行われた「中日韓法女流漆芸聯展」を前身にしている。その後、2010年に同じく北京で「北京国際女子漆芸展」が催されたことを契機に女性作家達が再結集し、今年日本での展覧会の開催へと繋がった。作家の東洋西洋を問わない今回の展示では参加国数も増え、女性ならではの視点から生まれた、より多彩な漆表現を見ることができた。


岐阜県出身の作家、青木千絵の《BODY10-1》は、「BODY」シリーズと呼ばれる作品群の中の1つであり、作家自身の体をモチーフとして具象的に表現された下半身と、丸く抽象化された上半身とを融合させた作品である。等身大のリアルな足の造形と単純化された抽象形態は対照的ではあるが、全面に漆が塗られ、等しく磨き上げられることによって、そこには不思議と一体感や調和が生まれている。作品の仕上げに至るまでの工程は従来の漆工芸で行われてきたのと同じでありながら、その漆黒に覆われた独特の造形は伝統的工芸品としての漆のイメージを完全に取り払うものである。

余談だが展示会場は大きく二室に分かれており、日本人作家は第一室にまとめられている。展示作品を概観してみると、海外の作家に比べて日本人作家の作品には漆を徹底的に磨き上げたものが多い印象を受けた。艶上げという行為には、ある種の国民性が反映されているのかもしれない。


韓国の作家、沈明姫(シン・ミョンヒ)による作品《pour away》は、細く薄い木の板をテープのように巻き上げて形作られた複雑な螺旋形体が目を引く作品である。テープ状の木や竹を巻いて胎にする技法は「巻胎(けんたい)」と呼ばれ、有名な作例としては東大寺正倉院の「漆胡瓶」などが挙げられる。韓国においても5、6世紀頃の出土品の中に巻胎(グォンテ)による漆工品が確認されており、かつては東アジアを中心に広く知られた技法であったと推測されている。現在、巻胎技法を用いた漆器制作の伝統はタイなどの一部の地域にのみ残っている。作者のコメントによると、一度は忘れ去られていた巻胎技法に再び着目するに至った背景には、新たな漆造形の模索に取り組むことが工芸領域にいるアーティストとしての責務であるという意識があったという。塗料としての漆はそれ単体では成形することはできないため、木や布、紙といった胎を必要とするが、そこには造形上の制約や限界が多い。展示作品《pour away》に見られる造形表現からは、それらを克服しようとする強い意志が感じられる。

韓国の漆工芸と言えば、螺鈿による装飾を想像する方も多いのではないだろうか。事実、出品作家の1人であるイ・ヒョンスンによる韓国漆工芸に関する解説の中でも、韓国では歴史的に螺鈿が多用されてきたことが述べられていた。しかしその一方で、近年の漆芸作家たちの作品からは日本や中国の漆工技法との結びつきが見られることも指摘されている。会場にある作品を見渡してみても、螺鈿による装飾は全く見られないか、用いるにしてもかなり控えめな作品がほとんどであった。


ベトナムの漆工芸には大きく分けて2つの種類がある。1つは日用品や家具、仏像などを総称する「漆物」であり、中国文化の影響を受けながら17〜19世紀にかけて最盛期を迎えた。もう1つは20世紀に入ってから成立した「漆絵画」である。フランス植民地時代にベトナムには東洋美術高等学校が創立されたが、そこに西洋の絵画芸術が伝えられた際に、古来より使用されてきた漆を画材として取り入れたことが漆絵画の起源となった。ハノイ在住のコン・キム・ホアによる漆絵《COLLIDING》と《BALANCE》は木のパネルに色漆で絵を描いた、素材的には非常にシンプルな作品である。《COLLIDING》では人間と自然が常にぶつかり合っている状態を、《BALANCE》では人間と自然のバランスがとれている状態を、それぞれ幾何学模様と色面構成で表現している。またこれらの漆絵画と会場にある他の国の作品と比較してみると、使用されている色漆の色調が異なることに気付く。これはベトナムに生育する漆の特質によるものだと考えられる。

以前にも紹介したことがあるが、一括りに漆と言っても採れる地域によって主成分は異なっている。日本・中国・韓国で使用されている漆には「ウルシオール」、台湾・ベトナムのものには「ラッコール」、タイ・ビルマのものには「チチオール」と呼ばれる物質がそれぞれ含まれている。展示作品を見る限りにおいて、ベトナム漆を使用した場合には、顔料のより高い発色効果が得られるようであり、このことが油絵に代わるものとして漆絵画が定着した1つの要因と言えるかもしれない。

一方、油絵の本場である西洋では漆の木が生育せず、それ故に東洋よりもたらされる漆工品は古くから珍重されてきた。18世紀頃にワニスの質が向上すると、それらを用いることによって漆に似た質感を持ったヨーロッパ流の漆工芸が、広く一般に受け入れられるようになった。意匠に関してもアジア的なものから、次第に西洋文化に特有の絵画的なものへと変化していった。またスプレーガンの誕生以降、ヨーロッパではラッカーを使用した吹付け塗装が一般的となっている。

フランス人作家のカトリーヌ・ニコラは、ヨーロッパで発達したラッカー技法と、東洋の伝統的な漆工技法の双方を取り入れた作品制作を行っている。パリでラッカー技法を教える傍ら、中国や日本から本物の漆を取り寄せ、それらを吹付けではなく刷毛を使って塗ることで自身の作品に様々な表情を加えている。出品作品である《dreams of the sea》では胎となるイカの骨に漆やワニスが複数回塗られ、さらに金銀粉や箔、貝による細かな装飾が施されている。骨の表面にある細かく刻まれた凹凸部には色の異なる漆を重ね、硬化した後で研ぎ出すことで、青森県の「津軽塗」のような表現が生まれていておもしろい。死んで骨となった物に漆を塗り込める行為について、彼女はそこに復元と創造が調和し、共存しているのだと語っている。こういった考え方は日本の多くの漆芸家にとっても共感できるものであろう。


多種多様な作品が一堂に集まった会場では、先に挙げたイカの骨などのような珍しい素材にも思わず目が留まる。中国、北京の作家である喬加の《晶瑩 迷你屏風》は、布目下地の上に、「卵殻」の技法によって表現された白い花文を散らした屏風作品である。卵殻は鳥の卵の殻を割りながら表面に定着させる技法で、日本ではウズラや鶏の卵を使用するのが一般的だが、《晶瑩 迷你屏風》では少し青みがかったアヒルの卵も使用することで、同じ白味の中に微妙なバリエーションを加えている。北京ダックに代表されるように、北京ではアヒルが身近な動物であるのだろうか。また素材だけではなく、漆工技法の面でもタイの「ラーイ・ロット・ナーム」技法など、今回初めて目にしたものがあり、改めて漆文化の多様性を知ることとなった。その一方で、会場では各国の漆芸の現状と、それぞれの国が抱える諸問題についても紹介されている。10月6日に行われたシンポジウムでは、そういった問題も含めて作家間や来場者との間で活発な意見交換が行われた。


東京、そして京都での開催を終えた《漆・うるわしの饗宴展》は、最後の巡回先であり、震災後の復興の続く福島県での展示を行っている。会津漆器や喜多方漆器などで知られる福島県は日本でも有数の漆器の産地である。会場には現地の職人達と各国の作家達が共同で手掛けた、復興に向けてのメーセージパネルも展示されている。

参考文献:展覧会図録
   

text:上田祥悟

『漆・うるわしの饗宴展』の展覧会情報はコチラ


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