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古都を彩る《第63回 正倉院展 レビュー》

2011 年 11 月 29 日 3,175 views No Comment

奈良時代から平安時代にかけて、各地の役所や南都七大寺などの大寺院には財物や什宝類を収納するための正倉(正税を収める倉)が設けられた。この倉と、その周辺の塀や垣で囲われた一画を「正倉院」と呼んでいた。現在、正倉院は東大寺のもののみが残っているため、これを指して固有名詞的に使われている。毎年秋になると、正倉院の宝庫に納められていた宝物の点検・調査が行われ、その時期に合わせて正倉院展が開催される。よく知られているように、宝物類の中心は聖武天皇のご遺愛品である。その中には8世紀頃にアジア諸国で製作され、遠く日本へと伝来したものも含まれており、東大寺正倉院がシルクロードの東の終点と呼ばれる由縁となっている。


今年の正倉院展に出品された宝物62件(新出17件)のうち、特に注目されていた宝物に《金銀鈿荘唐大刀(きんぎんでんそうのからたち)》がある。唐大刀とは奈良時代に中国から伝来した装飾性に富む大刀を指し、貴人の佩刀や儀礼用の刀剣として使用された。《金銀鈿荘唐大刀》は正倉院に納められていた数ある刀剣の中で最も豪華なものである。刀身は平安時代や鎌倉時代の最上作にも並ぶ冴えを持つとされ、また大刀の外装である鞘や把(つか)には唐草文様を透彫した金具を被せ、要所に水晶やガラス玉を嵌め込むなど、手の込んだ装飾が施されている。しかし《金銀鈿荘唐大刀》が重要視されるのは、その鞘部に描かれた鳥獣や唐草文に使用されている技法のためである。

鞘部の文様は漆の上に粗い金粉を蒔くことによって表現され、その技法は東大寺献物帳の記述から「末金鏤(まっきんる)技法」と名付けられた。これまでに行われた調査によって末金鏤技法の作業工程が明らかとなったが、その工程的特徴は平安時代に誕生した初期の「蒔絵」の技法のものと酷似していた。このため現在では蒔絵の源流として末金鏤技法は位置付けられている。実物を近くで見てみると、文様の輪郭線が全体的にぼんやりしているような印象を受ける。これは大小様々な金粉が入り交じり文様を構成しているためであり、製粉技術が未発達であった当時の状況を思わせる。今年に入って、蒔絵の人間国宝である室瀬和美氏がこの末金鏤技法による文様部分を再現したことがニュースになっていた。《金銀鈿荘唐大刀》の出品に合わせて、その再現作品も展示されるのではないかと密かに期待していたのだが、残念ながら今回見ることはできなかった。


入場券のデザインにもなっていた《紅牙撥鏤尺 (こうげばちるのしゃく)》は染料の鮮やかな紅と緑の彩色が目を引く象牙の物差しである。「撥鏤(ばちる)」とは象牙の表面を紅・緑・青などに染め、毛彫りで文様を施す唐代に盛んに行われた技法である。彫られた部分には染料が届いていないため白く表される。物差しに象牙を使った理由としては、硬い上に加工がしやすいこと、耐候性や耐水性が強いことで狂いが生じにくいことなどが挙げられるが、《紅牙撥鏤尺》には細かな目盛りはなく、これもやはり実用的な物差しというよりは、先に述べた唐大刀と同様儀礼の際に用いられたもののようである。正倉院宝物の中にはこれと色違いの《緑牙撥鏤尺》など数点の尺が存在している。それらの類似品と今回出品されている《紅牙撥鏤尺》との違いは、後者の図柄が横使いで描かれている点にある。このことは、縦使いに配置した場合には独立していた各文様の間に絵画的な関係性を生みだした。《紅牙撥鏤尺》の裏面の鹿と虎は別個の文様として描かれるのではなく、1つの横長の画面の中で、追いかける虎と振り返る鹿という物語性を感じさせる表現がされている。


今年の正倉院展では《黄熟香(おうじゅくこう)》をはじめ、香に関する品が多く出品されているのも1つの特色となっている。「東大寺」の三文字を隠した《蘭奢待(らんじゃたい)》という雅名でも知られる香木《黄熟香》は天下の名香として歴代の権力者たちを魅了してきた。成分分析の結果、インドシナ半島東部の山岳地帯から産出される香木に近いことが明らかになったが、いつごろ正倉院の宝庫に納められたのかなど依然として不明な点も多い。展示会場では《黄熟香》はガラスケースに囲まれ、香りの一切を遮断している状態であったが、もしガラスケースがなかったとしても鑑賞者にまでその香りが届いたかどうかは疑わしい。《黄熟香》を以前に取り扱ったことのある先生が仰るには、搬入搬出の時ですらこれといった香りを感じなかったそうである。《黄熟香》に含まれる香気成分は現在も残っているそうだが、白檀のように常温でも強い香りを放つ香木とは違い、火で燻べない限り《黄熟香》から香りが発せられることはなさそうである。

《裛衣香・衣被香(えびこう)》は数種の香料を調合し袋に詰めたもので、現在の匂い袋のルーツとされる。書巻などの容器に入れ、防虫香として用いられたと考えられている。正倉院宝庫には合わせて9裹(か)の《裛衣香》が伝えられているが、これらは面白いことに配合された香材の種類や分量がそれぞれ異なっている。まるで、どういった配合が適当か試しているようでもある。当時の《裛衣香》にどの程度の防虫作用があったのかは分からないが、平安時代になって《裛衣香》が防虫のためというよりも、もっぱら衣服に香を移すために使用されることが多くなったことを踏まえると、あまり効果はなかったのかもしれない。

その他、ユニークな香の使い方をしている作例としては《沈香末塗経筒(じんこうまつぬりのきょうづつ)》がある。八角柱の形をした容器は巻子を納めるために製作されたと考えられているが、名前の通り経筒であったかははっきりしない。事実、明治時代には正倉院宝庫にある唐の詩人王勃の文集、《詩序》の一巻の容器に充てられていた。興味深いのは容器の外装に、香木の粉末と漆を練り合わせたものが塗られているということである。塗膜の厚みを増すために木屑を混ぜることはよく行われるが、貴重な香木の粉末をわざわざ使用しているのは珍しい。この場合、香料としての本来の働きは漆の中に閉じ込められてしまうので、一見すると意味がないことのようにも思えるが、製作者が仏教的意味合いを容器に込めようとしたとも考えられる。


正倉院展では宝物と並んで、それらが収納されていた箱類が展示されることが多い(この箱類も当然宝物として扱われている)。これらは宝物の保護や情報提供の観点から重要な役割を担っているのだが、中には容器自体に施された華麗な装飾が鑑賞者を魅了するものや、前述の《沈香末塗経筒》のように形状や技法に面白い特徴を持つものも少なくない。《密陀絵雲兎形赤漆櫃(みつだえくもうさぎがたせきしつのひつ)》は四本の脚の付いた「唐櫃」で、他の宝物類を収めるのに使用されたと考えられる。櫃の側面の意匠として、中国の壁画などに見られる翼を持った兎(霊獣の一種)が描かれているのが珍しい。余談だがドイツの霊獣にもWolpertinger(ヴォルぺル・ティンガー)と呼ばれる翼と角を持つ兎がおり、こちらはずいぶん恐ろしい姿をしている。《密陀絵雲兎形赤漆櫃》のような櫃に関しては、奈良時代頃に作られた脚付きの「唐櫃」と脚の無い「和櫃」を「古櫃」と総称している。また後世に作られたものとしては徳川家康が宝物保存のために寄付した「慶長櫃」などがある。東大寺正倉院の宝物は校倉造の宝庫のなかで、それぞれの形に合った箱や櫃に納められることで二重三重に保護されていた。その保存効果は《裛衣香》を入れるよりも遥かに優れていたように思う。こういった箱類の装飾に関しては、絢爛豪華なものから簡素なものまで幅があるが、宝物の伝世を可能にしたという点において等しく意義深い存在と言える。

参考文献:第63回正倉院展目録



text:上田祥悟

「第63回 正倉院展」(展覧会は終了しています)の展覧会情報はコチラ


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