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内に秘めた美《グェッリーノ・トラモンティ展  レビュー》

2011 年 9 月 28 日 3,441 views No Comment

焼き物と付き合い始めて10年以上がたつ。最近、私は粘土を使って様々な形を作る際、外側よりもむしろ内側に何か大切なものがひそんでいるのではないかと思うようになった。

たたらと呼ばれる粘土の板を組みあせて作る場合でも、粘土の紐を積み重ねていく場合でもそうだが、形が出来てくると最後は口をどう作るのかを考えなければならなくなる。特に花器やオブジェなど口をどう付けるかで作品全体のイメージが大きく異なってくる。大きく開けるのか小さくするのか、形は丸なのか四角なのかなどそれは様々だ。口のつけ方一つで作品全体のイメージが決まるのは、口はその形態の内側と外側をつなげる非常に重要な部分だからだ。

口を作らずあえて閉じた空間を持つオブジェの場合はどうだろう。内側と外側を別の空間にしてみるのだ。粘土が乾くまでの間、隙間さえなければ、空気の出入りも無く、内部に閉じ込められた空気が形を支えている。このとき作り方によっては、内側に閉じ込められた空気がオブジェの形をほのかに膨らませる。あたかも風船が空気で膨らんだような状態だ。

丸いオブジェでも四角いオブジェでもこの内側の空気が作るふくらみは別の素材では見ることができない。土と空気が作る陶芸ならではの実に微妙な形なのだ。そしてほのかに膨らんだ姿は時に実に美しい形を生むことがある。外からでは見えない内側の空気がオブジェの形態を決定付けている。

この内側の空気の存在を改めて強く感じさせる陶芸作品に出会った。イタリアの陶芸家グェッリーノ・トラモンティの作品「二重構造のフォルム」だ。ちょうど車のタイヤを横に寝かせたような、あるいは浮き輪を重ねたような、二つの器をさかさまにして組み合わせたような、なんともいえない独特の形をしたオブジェだ。内部には閉じられた空間があり、そこに閉じ込められた空気が外側の形を決めているかのようだ。

今、東京の国立近代美術館の工芸館で20世紀に活躍したイタリアの陶芸家グェッリーノ・トラモンティの全貌に迫る展覧会が開かれている。展覧会のキャッチフレーズは「イタリア・ファエンツァが育んだ色の魔術師」。さすがに「色の魔術師」というだけあって展覧会場には色彩豊かな絵が描かれた作品が多い。

トラモンティは陶芸学校で陶芸の技を身に着ける一方で、彫刻や絵画にも関心をよせ多くの作品を残している。しかしトラモンティの代表作と言えばなんと言ってもマヨリカ焼きの技法による陶板画だろう。大きな円形の平らな皿に大胆な筆遣いで描かれた作品を見ていると、陶芸作品というよりもキャンバスを器の表面に置き換えてそこに絵を描いたという感じだ。

初期のシリーズ作品「静物画」。縦横がそれぞれ40センチ以上はある楕円形の陶板には魚やナイフ、スイカ、あるいはガラス瓶やコップなど身近な対象が描かれている。対象を思い切って簡略化し、記号化したような実にシンプルな捉え方が特徴だ。トラモンティは生涯を通じてこうした陶板画や油彩画の制作に没頭する。

しかし、この絵の制作に空白の期間がある。なぜか1962年から6年間だけ絵を描くことは一切やめ、壷や皿などの器物の制作に打ち込むのだ。皿や花器、ティポットーやカップなど、磁器を思わせる風合いの作品だ。
絵付けが行われていない器物の表面は釉薬が溶けてできた多彩な文様で覆われている。結晶のような文様が現れる特殊な釉薬を施し、釉薬の濃淡や火のかかり具合でできる独特の色の変化が印象的だ。

この時代の作品を年代順に並べてみるとおもしろいことがわかってくる。器の口にあたる部分が次第に小さくなっていくのだ。胴体は丸くて大きいのに口が極端に小さい花瓶や円筒形のオブジェなど、口を極度に小さくした特徴ある形態が出現する。鶴の首のような細長い口が特徴の花瓶「しずくの形の花瓶」。それはあたかも一滴のしずくがぽとりと落ちる様子をあらわしたかのような花瓶で、どこか日本の一輪挿しを思わせる。しかしその口はあまりに細く、花など活けることは不可能のようにさえ思えるほどだ。

こうした中で登場するのが今回の展覧会で15点ほど出品されている「二重構造のフォルム」と呼ばれる作品群だ。冒頭にも書いたようにタイヤを横において重ねたような形の作品や丸い座布団の真ん中をへこませたような形など様々だが、いずれもシンプルな円形で見ていてどこか安心感ただよう美しい形態だ。その表面はやはり結晶の文様が出る釉薬が使われ、高温焼成で溶けてできたと思われる独特の模様が浮き出ている。

タイトルが示すとおり胴体の部分は二重構造で中空になっており内側は閉じられている。それは閉じ込められた空気があたかもオブジェを内側からほのかに膨らませているようにも見え、空気の存在を強く感じさせる。トラモンティによれば「二重構造のフォルム」は何か用途があるものではなく、それは「彫刻」なのだという。
「私はフォルムを作り出すときは彫刻を思い描きます。旧来の器のことはまったく考えません」(図録より)

1962年突然始まったこの立体造形への挑戦は6年後の68年に終了する。わずか6年間という短い期間だったが、「二重構造のフォルム」の制作は内側に閉じ込めた空気が外側のフォルムを決めるという陶芸ならではの立体造形を追及したものだった。こうして誕生した新たな形に高温焼成による釉薬が生み出す独特の表情を付け加え、フォルムと形が織り成す陶芸の新たな一分野を切り開いたと考えられるのである。

焼き物には他の工芸品とは違った独特の世界がある。よく言われるのは制作の最後は作者の手から離れ、火を通さなければならない点だ。しかしもうひとつ私は内側の世界が作品全体のイメージを大きく左右している点もまた大きな特色だと思う。このことは閉じた空間を持つ作品だけに言えることではなく、口が開いた壷や鉢などの器でも同じことが言える。内側に空気の存在を感じさせる器はそれだけで美しい表情を見せてくれると思うからだ。

三重県で作陶を続ける若手陶芸家の一人、内田鋼一さん。かつて内田さんは世界中を旅し、アフリカで村人が作ったおおらかな美しい甕に出会いその影響を強く受けたという。彼もまた焼き物の内側の世界を次のように語っている。
「絵画や彫刻それ以外の美術工芸品にしても削る、取る、足す、塗る、描くなど外側の力で形成されている。絵なら絵の具を塗り重ね、消したり描いたり、彫刻ならある大きさのものから足したり削ったりして形を出していく。焼き物の場合は全てではないが、内からの力で形を作るのが特徴で、そうしてできたものに健康的な感じを受けたり、おおらかさを感じる」

色の魔術師グェッリーノ・トラモンティ。陶の板に鮮やかな色で絵を描き、陶板を作ることはどちらかと言えば焼き物の外側を華やかに飾ることだ。トラモンティはそれに満足せず、他の素材ではできない焼き物ならではの美、すなわち内側から発する形の美も追い求めていたのではなかろうか。トラモンティの作品を見ていると焼き物の美は内側にもまたひそんでいるという思いを一層強くするのである。

参考文献:UCHDA KOUICHI 求龍堂(2003年)、展覧会図録


text:小平信行

『イタリア・ファエンツァが育んだ色の魔術師 グェッリーノ・トラモンティ展』の展覧会情報はコチラ


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