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日本的感性と印象派 《ワシントン・ナショナル・ギャラリー展  レビュー》

2011 年 7 月 28 日 3,253 views No Comment

新古今和歌集の中に平安時代の歌人、藤原長家の次のような和歌がある。
花の色にあまぎる霞たちまよひ空さへにほふ山桜哉

霞がかかった山の斜面に山桜が咲いている。「あまぎる」とは「天霧る」という動詞で、空一面がけむっている様子だ。満開の桜の花のにおいがあたり一面にただよい、霞で空も山も区別がつかない。やわらかな光に全てが包まれたような、いかにも日本的な春爛漫の光景だ。

美学・フランス思想史が専門の佐々木健一氏はこうした和歌の分析を通じて、日本人の感性に迫ろうとしている。そもそも感性とは「対象の性質を知覚しつつ、私の中でその反響を倍音として聴く働きである」。(佐々木健一著 「日本的感性」)と定義されるが、長家の歌は日本的感性を強く感じさせる歌の一つだというのだ。

物事の感じ方は国や地域でそれぞれ異なり、佐々木健一氏は日本的感性の特徴として「桜に包まれるような感覚」ではないかと指摘している。この考え方は、実は佐々木氏が、かつてオランダに在住していた際、西洋の人たちはバラやチューリップの花が咲いた時、それをほめる眼は持つが、満開の桜の木があってもほとんどそちらへは意識が向かないという体験から来ているという。これは西洋と日本の感性の違いから生じるものであり、日本的感性の特徴は満開の桜の花に象徴されるように空間的な拡散の感覚なのだという。そのひとつの例が先ほどの長家の歌に登場するような風景に美を見つける眼差しであり、西洋人の感じ方が物事の一点に集中する見方であるのとは対照的なのだという。

この日本的感性を持った印象派の画家に出会うことができる展覧会が開かれている。
いま東京の六本木の国立新美術館で開かれている『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション』だ。19世紀後半にフランスを中心に広がった印象派の絵画は日本人に大変人気が高い。日本的感性を持った画家とはその中の一人クロード・モネ である。

そもそも印象派の誕生以前、ヨーロッパでは長い間、神話や聖書、歴史的な物語を題材にした絵画が多く描かれてきた。印象派の画家たちはアトリエから森や田園に出て、自然を見たままに描いたのだ。今回の展覧会は印象派の誕生からポスト印象派までを4つに分け、その成り立ちから後の展開にいたるまでをわかりやすく展示している。

印象派の誕生までを語るのに欠かせないのが、コローやデュプレらバルビゾン派と呼ばれる画家たちの登場だろう。自然を写実的に描くという意味で先駆的な存在だ。森や郊外の農村風景など、のどかな風景からその後の印象派の登場を予感させる。神話を題材にした絵とは違い、日本人にとってもなじみやすい絵画の登場だ。

そしてこの時、絵画史上で忘れてはならないことが起きる。屋外に持ち出して絵を描くことのできるチューブ式の絵の具が開発されたのだ。それまでは工房の中で職人が絵の具を調合し、画家はそれをアトリエの中でキャンバスに塗っていたが、チューブに入った絵の具の登場で、屋外で絵を描くことが可能になったのだ。それは単に描く場所が変わったというだけではない。画家は屋外の雰囲気、すなわち空気の存在や光を直接肌で感じながら絵を描くことができるようになった。実際、印象派のある画家の絵にはキャンバスの筆の跡に砂が混じっていたという話すらあるほどだ。

大勢の印象派の画家の中で、モネは屋外で絵を描くことを好んだ画家の一人として知られる。ルノワールは庭で絵を描くモネの姿を、マネは川に浮かべた船の上のモネを描くなど、野原や川に浮かべた船の上でキャンバスを前にするモネを描いた絵がたくさん残されている。

1875年のモネ35歳のときの作品《日傘をさす女性・モネ夫人と息子》。今回の展覧会でも注目される作品の一つだ。太陽の光がさんさんとふりそそぐ野原に一人の女性が立っている。女性の髪は風にそよぎ、首にまいたスカーフが顔にまとわりつくかのようだ。タイトルからすると描かれているのは当時のモネの夫人カミーユの姿だという。そのわきには息子だろうか男の子が描かれている。わずかに下から眺めた画家のほうにカミーユの視線が投げかけられている。空に浮かぶ白い雲、風になびくドレス、手前の草むらの描き方など、実際に絵の前に立つとその筆遣いの大胆さには改めて驚かされる。この絵に描かれているのは二人の人物というよりも、夫人のドレスをたなびかせる風であり、風に流される雲を通して描かれる空気の存在だ。夫人や息子の顔はゆらめく大気と充満する光によって消えかけている。画家にとってこの絵に描きたかったのはもはや人物ではなく、画面一面に充満する大気の存在であり、人物も草花も雲も渾然一体となるような光景だったのではなかろうか。

モネはこの絵を描いた4年後、モデルをつとめることが多かった夫人のカミーユを亡くしている。その後モネはほとんど人物画を描かなくなったが、およそ10年後の1886年、再び《日傘の女性》という絵を描いている。描かれているのはやはり日傘を持った女性であり、充満する光、そしてそよぐ風だ。1875年の作品と大変よく似ているが、目や鼻など顔の表情は以前の作品よりさらに希薄になり、ほとんど描かれていない。モネはこの絵を描いたときのことを次のように語ったという。

「私はこれまでになく仕事に励んでいます。風景を描くように戸外の人物を描こうという新しい試みを行っているためで、これはずっと以前から暖めていた夢なのです」

その後あの有名な「ルーアンの大聖堂」や「積わら」など、移ろいゆく光の中で千変万化する光と影のおりなす光景が描かれる。それらの絵に共通するのは、目の前の対象物を描くというよりも、大気と光が織り成す空間全体を表現しようとしているかのようだ。

西洋人と日本人の物の見方を比較して佐々木氏は「西洋のバラ型、日本人は桜型」と言っている。日本的感性は咲き誇る満開の桜の木々や山を覆う霞に美を見出した。そして私はこの日本的感性が印象派の絵画、特にモネの絵の中に色濃く存在しているように思えるのだ。

19世紀の半ば、日本の開国と同時に大量の浮世絵などの日本文化がヨーロッパへ流出しヨーロッパの画家に大きな影響を与えた。今回の展覧会でも浮世絵や扇子など日本の文化を描きこんだ絵が展示されている。当時、憧れとして日本の文化を描きこんだ画家も多かったに違いない。また構図や色など日本の浮世絵からヒントを得たのではないかと言われる絵もこの時代多くある。

こうした時代、モネは40代の半ばで、パリ郊外のジベルニーに庭を作り、そこにアトリエを構えた。そこでモネは人生の半分近くを過ごし、あの有名な「睡蓮」など多くの名作が生まれる。

今回の展覧会ではその中の一枚《太鼓橋》を見ることができる。オリジナルのタイトル《Japanese Footbridge》、庭園の池とそこに架かる橋を描いた作品だ。画面いっぱいに描かれた池には白い睡蓮の花が咲き乱れる。そして池の上には浮世絵からヒントを得たという日本風の橋が架かる。モネは印象派の画家たちの中でも特に日本に関心を寄せていたという。多くの浮世絵を集め、庭は睡蓮や柳、藤や菖蒲など日本風にアレンジしたという。この橋を描いた絵は今回展示されているもの以外に10枚ほどもあるというが、絵を見ていると改めてモネが自ら造った庭園に、湿潤な日本の気候、風土をも再現しようとしていたのではないかとさえ思えてくる。

霞がたなびく中、山桜が咲く光景は日本の気候や風土がつくりだしたものだ。佐々木氏の言う日本的感性はまさにこうした風土と密接に関係しており、モネの絵からは日本的感性という眼差しが感じられるのだ。

参考文献:展覧会図録、佐々木健一「日本的感性」中公新書、吉岡正人「モネ」中央公論新社


text:小平信行

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