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身近に観る名品たち《季節を愉しむⅡ 春~初秋の美術 レビュー》

2011 年 5 月 31 日 2,357 views No Comment

今月の初めにJR大阪駅の長きにわたる改装工事が終了した。全面開業からしばらく日を置いて行ってみたのだが、相変わらず駅周辺は凄い人の数であった。そこから大阪環状線と東西線に乗り、目的地である大阪城北詰駅で降りると周囲がひどく静かに感じられた。

この駅を出てすぐの場所にひっそりとあるのが藤田美術館である。美術館としては小規模だが、そこにある収蔵品は明治時代における関西財界の重鎮藤田伝三郎とその長男、次男らによって蒐集されたもので、その数は5,000点を超える。うち国宝9件、国の重要文化財50件と私立美術館としては国内屈指の品々を揃えている。昭和初期に何度か藤田家蔵品の売り立てが行われ、その時売却された品の中には現在各地の美術館の名品となっているものも少なくない。もう1つの大きな特徴として、この美術館では常設展示は行われておらず、春と秋に収蔵品を中心とした特別展の形でのみ開館する。その主な理由は、藤田邸の古い蔵を改装し展示館として使用しているために空調管理などの十分な装置がなく、収蔵品の劣化防止の観点から寒暖の厳しい季節には開館できないからであるという。

3月5日から6月12日まで開かれている今年の春期展では『季節を愉しむⅡ 春~初秋の美術』と題した展示が行われており、企画主旨は古代から近世までの厳選された名品を通して各時代における季節感を疑似体験することができるというものである。時代範囲が広いので作品相互にはそれほど関係性はなく、一品一品をじっくり鑑賞するような展示構成であった。それらの中からいくつかの作品をピックアップして紹介したい。


平安時代、宇多天皇の治世に遣唐大使に任ぜられた菅原道真によって遣唐使の派遣は停止された。寛平六年(894年)のことであった。白紙(894)に戻す遣唐使と皆さんも習ったのではないだろうか。あまりにも有名なこの出来事の背景には唐王朝の衰退が挙げられる。それに加えて当時は優秀な人材を海路で亡くすリスクも依然として高く、また国家間の交流は途絶えても民間レベルでの交易は活発であり、これらのことから無理に遣唐使を派遣して情報を得る必要が無くなったと考えられている。遣唐使廃止の前後から国内では唐物文化に代わって、国風文化と呼ばれる文化の和風化が起こった。今回の展示品の中にその傾向が非常によく現れている作例がある。

《両部大経感得図(善無畏)》と《花蝶蒔絵挾軾》は平安時代に制作され、いずれも国宝の指定を受けている。まず《両部大経感得図》は宮廷絵師であった藤原宗弘によって1136年に描かれた。この時代の作品で正確な制作年や作者が分かっているのは大変貴重である。両部とは密教の重要教典『大日経』と『金剛頂経』を指し、絵の中ではそれらがインドの僧である善無畏、龍猛によって取得された場面が描かれている。本来《両部大経感得図》は2枚1組であり、善無畏の絵には春の背景が、龍猛の絵には秋の背景が対になって描かれている。今回は春期展の企画主旨に合わせて善無畏の絵(善無畏金粟王塔下感得図)のみが出品されているようである。藤原宗弘はこの絵の背景を描く際に、実際に経典を授かった場所であるインドではなく身近な日本の風景に置き換えた。大陸の故事を主題にしながらも大和絵的な要素を併せ持っている点に、この絵の従来にはなかった新しさが感じられる。また、普通仏画はそれを専門としている絵師に依頼するのだが、藤原宗弘は宮廷に仕える世俗画家であったことも興味深い事実である。

工芸の分野における和風化の影響がみられるのが国宝《花蝶蒔絵挾軾》である。挾軾とは肘をかける脇息のことである。9世紀頃の作とされているが《両部大経感得図》と違い、左右対称に装飾された花蝶の意匠は大陸文化の影響を強く受けたもので、特に新しくはない。注目すべき点は《花蝶蒔絵挾軾》が初期蒔絵技法による数少ない作例であることである。蒔絵とは漆で文様を描いた上に金属粉を蒔いて付着させる漆工の加飾技法の1つである。その源流は正倉院宝物の《金銀鈿荘唐大刀》の鞘に施された末金鏤(まっきんる)にあるとされているが、この技法が大陸伝来のものなのか日本で生まれたものなのかははっきりしていない。ともあれ平安遷都の後、蒔絵は日本独自の技法として確立し、やがて和風意匠を取り入れ爆発的に流行した。そして日本の漆器=蒔絵と認識されるまでに発展していく。《花蝶蒔絵挾軾》にみられる意匠は大陸の影響を残しているが、技法的には和風化している。文化的な過渡期の要素が見てとれる重要な作品である。解説によると意匠の1つである法相華(仏教上の空想の花)が春を表わすということで出品されたようだが、本来は滅多に展示されることのない作品である。


今年の7月16日から8月28にかけて奈良国立博物館で特別展『天竺へ 〜三蔵法師3万キロの旅』が開催される。もうチラシを見た方もいらっしゃると思うが、そこには藤田美術館の国宝《玄奘三蔵絵》初の全巻大公開!といった見出しが躍っている。あらためて藤田美術館の収蔵品の質の高さを実感するとともに、少し得をした気分になった。というのも奈良国立博物館での展示に先駆けて《玄奘三蔵絵》が公開されているからである。この作品は三蔵法師が多くの従者を従えて、長い歳月をかけ経典を求めて旅する様を12巻の絵巻に仕立てたもので鎌倉時代末の14世紀に制作された。話を少し戻すが、平安時代の中期から後期にかけて栄えた国風文化は文学にも影響を与え、仮名文字や女流文学が発達した。そこに《両部大経感得図》にみられるような大和絵の要素が結びつき絵巻物が発展し、《源氏物語絵巻》や《伴大納言絵巻》などの傑作を生み出した。鎌倉時代になっても絵巻物は作られ続けたが、末期になるにつれてしだいに衰退していった。《玄奘三蔵絵》は絵巻のピークを過ぎつつある頃の作品ではあるが、当時の人々が実見できなかった異国の情景を巧みな画面構成と金銀濃彩を駆使して魅力的に描いている。質の良い絵の具が使われ、また保存状態も良いことからその美しい色彩を忠実に伝えている。藤田美術館にはこれまでも何度か訪れているが、その度に《玄奘三蔵絵》は違う場面が展示されていた。今回は第6巻の第2段であった。画面には春から夏にかけて咲く藤と松が描かれており、それぞれ藤原氏と永遠の象徴となっている。このことから藤原氏と関係の強かった興福寺に伝わった絵巻ではないかと考えられているそうである。奈良国立博物館での展示の予習も兼ねて見ておくのもいいかもしれない。


先月の芦雪展のレビューの中で、芦雪の師である円山応挙に少し触れた。今回の展示にも応挙作品が出品されていた。せっかくなので取り上げたい。《中大原女左右菜花綿花図》は江戸時代の安永4年(1775年)に描かれた三幅対の作品で、中央に柴を運ぶ大原女(冬)、右幅に菜の花と蝶(春)、左幅に綿とトンボ(秋)を描いている。季節のことだけ考えると展覧会主旨から少し逸れているが三幅で一組みの掛物なので仕方がないのだろう。(一対の掛物の場合、対幅や双幅と呼ばれ中国書画でよく見られる)独特の写生画法によって自然な佇まいの人物や動植物を繊細に描写する一方、付立て(つけたて)という輪郭線を用いない大胆なぼかし技法も併用している。これは1本の筆の全体に淡彩、先端の部分に濃彩を含ませて一筆で濃淡を表現するやり方である。そのため一見すると輪郭がはっきりせず絵として弱い印象を受けるが、じっくり見ることで応挙らしい繊細な仕事ぶりを堪能できるはずだ。


最初に述べたように藤田美術館は6月12日の会期を過ぎると、次は秋(9月9日)まで閉館する。JR大阪駅のように時間を掛けてでも全面改装すれば通年で開けていられるのだろうが、なかなか難しそうである。そういった運営上の特殊性とあまり広報されないこともあってか来場者は常にまばらな印象である。しかしそこに展示されている作品は一見の価値があるものばかりだ。今回紹介した作品は国宝が中心であったが、他にもまだまだ各種名品が目白押しである。それらと時間や人の流れを気にせずじっくり向かい合ってみてはいかがだろうか。

参考文献:展覧会冊子


text:上田祥悟

「季節を愉しむⅡ 春~初秋の美術」は藤田美術館で2011年6月12日(日)まで開催中です。▶▶▶


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