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対談イベント:森村泰昌×やなぎみわ(前編)

2011 年 2 月 27 日 2,907 views No Comment

昨年の3月から東京都写真美術館、豊田市美術館、広島市現代美術館と巡回してきた『森村泰昌 なにものかへのレクイエム-戦場の頂上の芸術』がようやく地元関西の兵庫県立美術館で開催中であります(ホンマは大阪でやらなあかんのちゃうの?というツッコミもいれつつ・・・)。
2月26日(土)にはやなぎみわさんとの対談イベントが行われたのですが、すごい人でした!私はのんびり12時すぎに美術館に到着したのですが(対談は14時から)、なんと整理券配布開始11時すぎには既に定員に達してしまったようです。えー、がっかりと思っていたら、別の部屋で中継を流してくれるというではありませんか!美術館側の対応に感謝です。結局そのサテライトの会場にも立ち見客が出るほど盛況でした。
その対談をちょっとまとめてみました。

『なにものかへのレクイエム』展の各会場で社会学者や小説家など違うジャンルの方と対談されたきた森村泰昌さんが、今回相手に選ばれたのは同じ美術家のやなぎみわさんでした。森村さんとやなぎさんは同じ京都市立芸術大学の先輩、後輩でもありますね(森村:1975年卒、やなぎ:1991年大学院卒)。やなぎさんにとって森村さんは心の中の師匠というべき存在の方だとか。いつも講演会等のイベントがあると1週間ぐらい念入りに準備をされる森村さんが今回の対談はなんとぶっつけ本番だったようで、やなぎさんは驚かれていました。

仲の良いお二人らしく雑談的になんとなくゆるーく始まった感はありましたが、話が三島由紀夫のことになるとどんどん濃い展開に・・・

まず、やなぎさんが東京展を観て書かれた共同通信の記事の一部が紹介されました。
“脚本、演出、自作自演の芝居小屋は四半世紀休演することなく次々と新しい演目で上演をし続けてきた。惜しみなく観客に与えるその作品を観るたび私たちは「森村は次はどこへ向かおうとしているのだろうか」と不安と期待を胸に小屋をあとにする。森村劇場、この小屋は私たちが守って存続させなければならない(※ここで森村さんからとても愛のある言葉ですね、というコメントが)。作品には演者の森村の前に無人の客席がいくどか登場するが、心配ご無用。無人の客席の外側には、孤高であれと願う立ち見客でいつも満員御礼なのである” (一部聞き取り違いがあるかもしれませんがご容赦ください)

やなぎさんは、森村さんの芝居小屋で次に何が演じられるのか常に期待と不安があったそうなのですが、2008年に割腹前の演説をする三島由紀夫になった森村さんを見て「これはいかん、死んだらいかん!」と思われたのだとか。これはあくまでその時の私の思い込みだったのですが、というやなぎさんですが、その時は三島になったということは最後は森村さん自身を演じるのでは、三島はその前段階なのでは・・・と思い込まれたそうです。その後、三島を皮切りにレクイエムシリーズが続いていくのを見て安心されたそうです。

そこで1995年に発表された《駒場のマリリン》の話題が。やなぎさんはこの作品を愛していて、ご自分で購入までされたそうですが、この《駒場のマリリン》という作品は1960年代後半、右翼的思想の三島が左翼的思想を持った人たちと大討論会を行った東京大学900番講堂で撮影されたのです。この場所で日本、男性の真逆であるマリリン・モンローになるという作品を発表したことで、やなぎさんは「森村さんにとって三島由紀夫はこの作品で完結した」と思われていたのだとか。だからこそ、レクイエムシリーズで三島本人になった森村さんを見て驚かれたのでしょうね。

ところで、森村さんにとって三島由紀夫ってどんな存在なのでしょうか。
森村さんがおっしゃるには、自分は高2で突如猛烈に読書をするようになったのだが、その時に勿論、三島由紀夫の本も読んで大きな影響を受けたと。その後1970年(森村泰昌、この時19歳)に三島が割腹自殺をしてしまう。その事実がどうにも自分の中で消化できない、そこで心の奥のほうの金庫に鍵をかけてしまっておいたのだが、何故消化できないのかという問題がどうしても出てきてしまう、ということでした。

古くは、1986年にギャラリー白で発表したアングルの《泉》をモチーフにした3点の作品のタイトルも《ミ》《シ》《マ》だったし、その《マ》という作品では女性のお腹が切られていて、そこから森村さんが飛び出しているそうです。
また、1985年の作品《肖像・ゴッホ》について、今まで「なんでゴッホなのか?」と聞かれれば「何故かゴッホ」と答えておられたそうですが、最近思うのは、数あるゴッホの自画像から耳を切ったゴッホを選んだのは、やはり切るという行為に反応したからなのではということでした。結局、レクイエムシリーズの《なにものかへのレクイエム・MISHIMA》はゴッホへの先祖帰りなのでは、そういう気がすると話されていました。森村さんの中では、ゴッホと三島由紀夫が不思議とつながるそうなんです。

三島由紀夫が死んだ後に生まれ、イデオロギーの闘争からは結局何にも生まれないという思いを抱く世代の私にとっては、三島由紀夫に対する森村泰昌さんのこの執着はいまいち心の底から理解できるというわけにはいかないのですが、この対談を聞いて三島由紀夫って何?と今更ながら思ってしまいました。大学の時に一通り読んではいますが、もしかして何にも理解してなかったのかも。ちょっと(かなり?)歳をとった今、もう一度、著作物を読み返すことから初めてみようかしら・・・。

対談はまだまだ続いた(2時間超!)のですが、今回はこのへんで終わりにして、後日後編としてUPします!

編集部:森 優子

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